「わが地名論 第13回 堕胎都市京都」平居謙

2026年01月11日

「わが地名論」連載にあたって
詩の中に地名を書くこと。その意味を探ること。これは僕自身の詩集に関わりながら展開する「わが地名論」。この連載を通して〈地名とは何か〉〈詩とは何か〉を考えてゆく。


前回の最後で「次回からは第2詩集『無国籍詩集 アニマルハウスだよ 絶叫雑技篇』に関して書いてゆきます。」と宣言しました。けれども、早速修正です。というのも、この丸2年間僕は、2026年4月末に出る予定の『平成詩史論』の校正ばかりしていて、自分の頭が過去に置いてけぼりになった感じがして、せめて今に近いところの話を書きたい、という欲望がうずうず湧いてきたからです。それで、第2詩集~第7詩集まで後回しにし、今に近いところまですっと飛ばして第8詩集『京都タワー日和』の中の〈地名〉に焦点をあててみてゆくことにしたいと思います。といっても2022年刊行ですから、もう4年近く前の詩集ではありますが。



詩集タイトルが『京都タワー日和』だけに、〈京都〉という言葉がいくつか出てきます。その表題作を挙げてみます。


   「京都タワー日和」

    1
   よく言うよ
   京都に海がないなんて

   天橋立
   のことじゃなく

   21世紀22年目
   そいつ、あくまで
   水浸し京都タワーだ

    2
   砂浜に刺さった
   清楚な愛人の
   クリスタル
   縦ロールのように

   真横には
   橙色の物体が
   怖ろしい速度で沈んでゆく
   何が堕ちたの?
   生まれなかった、
   おひいさま


    3
   いっぽんの蝋燭が
   海面から見え隠れして
   辛うじて灯がともる
   流れてゆく
   西へ?
   東へ?
   展望台からは
   どう見えるのかしら
   白いドレスを着た娘が
   笑い続ける

    4
   そこには
   黒いものが
   まだ鈍く燻っている
   ようおこしやす
   堕胎観光都市
   京都

    5
   宮殿とも
   墓場とも
   区別のつかない時のほとりに
   それでもなーんも知らんぷりして
   凛と立つ
   いたいけな奴

   本日、
   京都タワー日和   



東日本大震災が来た時、家々が津波で押し流される映像が繰り返し流れました。とても現実とは思われない光景でした。現実なのだが、現実とは思われない。遠くにしか思われないことが、自分の中でとても奇妙な感じでした。そんな思いが後年、洪水に流されてゆく京都タワーのイメージを自分自身に作らせたのかもしれません。流されてゆく京都タワーは、言うまでもなく京都の象徴。その京都が流されてゆく。ぷかぷかと水に浮かんでは消え、消えてはまた浮かびながら遠のいてゆく。そのくらいのことを書かなければ、結局今の日本の危機は自分で感じられない、とでも思ったのでしたでしょうか。



この詩の中では、京都に対してとても厳しく書いています。京都は自分が生まれ育った場所で、現在の職場も京都にあります。楽しい詩の合評仲間との会も現在は京都が拠点です。それなのに、というかそれだからこそと言うのでしょうか。〈愛憎半ば〉という言葉がありますが、ここには愛はありません。〈水浸し京都タワー〉〈流れてゆく/西へ?/東へ?〉〈堕胎観光都市京都〉〈宮殿とも/墓場とも/区別のつかない〉など、言いたい放題ですね。何故こんなに厳しく書くのだろう。また、挿入した写真も、曇天の下の京都タワーをわざわざ選んだのでした。


もっとも、考えてみると、そのように書くはっきりした理由はあるのです。僕は、長年平安女学院大学に勤務していますが、2007年に国際観光学部に改組転換されました。それから以降は、何かと言えば〈素敵な京都〉〈憧れの京都〉といった言辞や理念が飛び交って、それはそれで理解できるところもあるのですが、過剰にそういうもの言いに触れると、〈京都、何様?〉と、誰に対してか分からない憤りのようなものが徐々に蓄積してゆくのでした。地層のように。それらの思いをきっちりと語っておく必要がある。そんなことをどこかで感じでいたのだったかも知れません。



煌びやかなイメージと裏腹に、2009年には京都教育大学の学生が集団レイプ事件を起こし、大々的に報じられました。恐るべきことに結局全員不起訴でうやむや。教育の根幹を担う大学としてあるまじきこと。僕の中から京都教育大学への思いはズレ落ちてゆきました。ここは僕の母校ですが、その後僕は〈京都レイプ教育大学〉とこの恥ずかしい母校のことを呼んでいます。その後も、京都に通学する女子大学生を狙った事件も頻繁に起こりました。交際を装い、一緒に飲みに行った店で支払いできない高額を請求。その代替えに売春を強要するなどの手口が横行するような手口も明らかにされました。



さらには2022年の6月ころ、舞妓さんがカミングアウトして、自分がどんな仕打ちを受けてきたかをX(旧ツイッター)で告発する、と言うことがありました。この詩集はちょうどそれと同じ頃に出ているので、この「京都タワー日和」は、その告発を受けて書いたというわけではありませんでした。全くの偶然です。しかし、前々から幼い女の子を酒席に呼んだり踊らせたり侍らせたりする文化には疑問を抱いていました。変態爺ィのすることを平気で黙認するばかりか、それを観光の目玉のようにしている京都に、ふつふつと恥と怒りを感じ続けていたのでしょう。ちなみに第2連の〈清楚な愛人の/クリスタル〉は、当初の構想では〈クリスタル〉ではなく〈クリトリス〉でした。もっとも、そこまで言わんでもいいやろ、という感じで、ちょっとお上品に〈クリスタル〉にしておいたことを今思い出しました。



この表題作「京都タワー日和」以外にも〈京都〉と言う地名は、しばしば顔を出します。

  ところでなんで大学、京都に来たの?なんだかエチケット的なレベルで僕は尋ねる。190円のカクテルが甘ったるい。(「リベンジポルノ」部分)

  その子の姉は京都のある伝統的なジャンルの事務職員として憧れの京都に来たのだった。伝統的なジャンルって?まあ、いいじゃない。それで、とっても喜んで生真面目に数年努めていたのだけれど、毒を仰いで死んだんだ。え?イマドキ「毒を仰ぐ」の?と僕は言いそうになったが、止めにした。その家元のお師匠様がーということはお茶かお花か、書道か?何か分からんが、そんなところだなーえらい人格者で、人格者というのはつまりは色好みで、お姐さんはお師匠様の子供を身ごもったのだそうだ。(同 部分)

僕の描く京都はどこか性的で、被害者的で、くらい翳を秘めているように、作者自身には思われます。他にも〈僕は京都駅にほど近いショットバーnanaにその子をひとり残して帰ったのだった。〉〈ヤフーニュースの京都版〉(同)〈初めて新幹線に乗った時のざわめき/京都駅とか名古屋駅という奇妙な名辞〉(「熱風―微弱な愛の風景のために」)などの言葉が散見します。



話を表題作に戻します。その冒頭に〈京都に海がない〉という言葉があります。海?ありますよね。舞鶴に確かに。でも寺社仏閣のイメージがやたらと強い京都市内周辺には、やはり海がない。京都市内で海と言えば、琵琶湖が一番馴染みです。琵琶湖の淡さは、京都の淡さのバックボーンを形成しているのでしょう。本当は、そういう淡さが京都の良さだったはずです。観光に行っても、意外と寂れていてその寂れ方がまた、落日の古都を感じさせてとてもよかった。しかし今や、ご存じの通りキンキラキンの表層都市に成り代わってしまっています。そんな手垢の付いてしまった京都を、一度架空世界の中とはいえ、葬ってしまえ。海に流してしまえ。そんな思いでこの詩を書いた随分あとから振り返ってみると、そのように思うのです。





平居謙