「わが地名論 第14回 虚構の中に真実はある① 内なる京都」平居謙

2026年02月05日

「わが地名論」連載にあたって
詩の中に地名を書くこと。その意味を探ること。これは僕自身の詩集に関わりながら展開する「わが地名論」。この連載を通して〈地名とは何か〉〈詩とは何か〉を考えてゆく。



前回に引き続き、詩集『京都タワー日和』の中の地名について見てゆきます。前回は、詩集表題作の中で、〈京都に対して極めて厳しく当たっている〉ことについて書きました。京都を称して〈堕胎都市〉とまで激しく批判しています。それでは、僕は京都を憎んでいるのだろうか。自分自身の生活圏への思いを間近に見て、少し淋しい思いが前回しました。しかし同詩集の中にある「バオバブのある風景」を読み直した時、正直少しほっとしたような気持になりました。最初にその詩を挙げてみます。


    「バオバブのある風景」

  蒸し暑い夏の夜
  市街を歩いていた
  勤務先からの帰りに
  同僚のモーリス・モーリンと
  居酒屋で軽く飲んだあと
  ふと魔が差したように
  「ピーチパブ」で
  桃を食べながら
  女の子と遊んだ。
  遊んだつもりが
  二万近くぼったくられたので
  僕らはもっと蒸し暑かった

  モーリンは
  オート三輪で帰るという

  今時そんなものあるんかいなと思って
  駐輪場を見ると
  意外にもお洒落且つレトロな乗り物が
  つるつると闇の中に濡れて光っている
  僕は羨ましくなったので
  帰り際見えないように
  ナンバープレートに
  蝉の抜け殻を二つ引っ掛けてやった

  駅まで一人で歩いていると
  奇妙な歌が聞こえる
  子どもに歌うような
  囁くような声で
  老婆が歌っているのだ

  如雨露で小窓から水を撒きながら
  「おおきくなぁれ おおきくなぁれ」
  と歌っている

  何に水をやっているんだろう
  と気になって
  窓が閉まったのをいいことに引き返してみると
  そこにはバオバブの苗木が
  犇めくように置かれていた     (全文)
 

この詩は、殆どが架空の話です。同僚にモーリス・モーリンなんて外国人はいない。(似た名前の人はいますが 笑)またオート三輪などに今どき乗ってる人もない。そもそも〈ピーチパブ〉とは何か。桃を食べながら女の子と遊ぶ店ってなあに?って感じで、現実と全然関係ない世界を書いたタイプの作品です。しかし、架空だからこそ書ける、そういうものもあるのだなと改めて思います。



前回書いたように、現在の僕の勤務先は京都にあります。この詩の3行目にある〈勤務先〉は、詩の中の〈僕ら〉つまり僕と同僚のモーリス・モーリンの勤務先のことであって、作者自身のものではありません。今言ったように、全くの架空の物語で、本当のことなど欠片も出てこない。バオバブの苗木なんて見たこともないのです。(ちなみに今、ネットで検索してみると、ちゃんと売っているのですね。けれど、冬でも暖かいところでしか成長は難しいようです。)そんなことから、僕が京都で働いているという事を知っている人を除けば(というか、知っている人であっても、)この詩の舞台が京都だと思って読む人はあまりいないのではないかと思います。



しかし、作者である私には、これは紛れもない京都である、という確信があります。それは京都という街のどのあたりのことを書いているとか、この通りを歩いていた時に思いついた、とかそういうことではなく、あくまでも、自分の中にある第3の京都が書かれているな、という気が確かにするからです。



第1の京都は、巷で騒がれている観光都市京都。そして、第2の京都は「京都タワー日和」で僕が書いた恥ずべき堕胎都市京都。しかし、そのいずれでもない、僕自身の内面の中にある京都の姿がここにあります。



どこか別の文章で、「自分自身の詩について語ることの愚かさ」について書きました。また、詩の創作講座なんかでも〈自分だけが分かっていても、それは伝わったことにはならない〉という説明をよくします。これは、多くの書き手にとってごく基本的なことがらだろうと思います。にもかかわらず、この詩の中には僕自身の京都がある、なんてことを僕は今ここで語っている。これがまさに、この連載をさせていただいている意義であって、僕が言わなければ決して誰もいうことができない、その種の作者だけが知っている事実なのです。



中のよい同僚がいたり、どの同僚と妖しい店を訪ねたり。また、ぼったくられて怒ったり。古臭いけれどちょっと素敵な乗り物で同僚が帰って行ったり。悔しいから、蝉のぬけがらを悪戯でナンバープレートに引っ付けてみたり。また、バオバブに水をやる老婆がいたり、その歌が聞こえたり。そういう、どこか夏の夕暮れのすこし間抜けな間延びした光景を、自分の作品の中に見つけ、そしてそれが紛れもなく京都であることを確認するとき、初めに書いたように、ほっとした気分になったのでした。



ある土地を憎むこと。それはある人を心底憎むこととどこか似ているでしょう。憎むという行為は、自分自身をも果てしなく傷つけることです。しかしたとえ厳しいことを書いても言っても、どこかで(名前は出せないけれども)〈そう言うだけではないんだよ〉という思い、逃げの気分を残しておくということは、自己救済の最後の手段ではないか、とこれを書きながら思っています。ああ、この詩があってよかったなあ、と感じています。






平居謙