「わが地名論 第16回 その名を教えてもらうということについて」平居謙
「わが地名論」連載にあたって
詩の中に地名を書くこと。その意味を探ること。これは僕自身の詩集に関わりながら展開する「わが地名論」。この連載を通して〈地名とは何か〉〈詩とは何か〉を考えてゆく。
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中学3年生の9月ころから僕は、英語の個人レッスンを1年ほど受けました。英語はあまり得意ではありませんでしたが、夏休みにアメリカのホームステイに3週間ほど行って、俄然、勉強意欲が湧いてきたのでしょう。親にせがんで、家庭教師の先生をお願いしたのでした。家庭教師と言っても、先生が僕の部屋に来るのではなく、先生の家を訪ねるという形でした。ちょうど学校でも、高校進学を前にして、1からやり直し文法みたいな総復習の授業が始まっていました。「なるほど、そういうことだったのか」と長年わからなかったことが氷解するような体験も重なり、めきめき成績は伸びてゆきました。
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家庭教師はひとみ先生と言って、とても綺麗な方でした。綺麗、というより愛嬌のある可愛い感じといったほうがいかもしれません。多分関東のご出身らしく、すっきりしたイントネーションと、「~だったけっかな?」と尋ねる聞きなれない語尾とがとても新鮮でした。〈それが標準語だと長らく勘違いしていた。〉(「レッスン」第2節)と後になって詩の中に書いています。つい先日大学を卒業したばかりという感じの、若々しいお嬢さんのような先生でした。僕は英語に夢中になりました、というより、ひとみ先生に会うために夢中になって英語を勉強したのでした。中学生のくせに〈これを精神的なセックスというんだ〉などと考えていました。そして毎週木曜日に先生のマンションに足を運びました。税理士だか何かをされているらしいご主人が、時折家におられて「やあ」と気さくに挨拶してくれましたが、たいていは彼女一人の時が多いのでした。
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今あげた、「レッスン」という詩の最終部分を引用しておきます。英会話を習いに行った先で、シャワーというのも変な話ですが、詩の4節と5節は次のようになっています。ある日〈僕〉が雨に降られてずぶ濡れになってマンションに着いたので、「風邪引くからシャワー使いなよ。」と先生は言ったのでした。〈僕〉がシャワーから出ると「私もシャワーしちゃおうかな」と、先生もシャワーを浴びる。そんな物語が引用の前には置かれています。
その日のレッスンのことはよく覚えている。彼女の唇の形。口紅はいい匂いがするというのも初めて知った。彼女がシャワーを浴びに行ってから出てくるまでの間中、多分僕は笑い続けていたのだろう。あるいは、笑い終わって記憶を失っているような具合だったのかもしれない。ひとみ先生の息遣いは、ヨセミテ国立公園でキャンプした時に感じた夜の空気みたいだった。あの時、星っていうのはこういう風に見えるのかって初めて気付いたよね。そんな誰のものか分らないセリフが頭の中を巡った。身体中が恥ずかしいほど熱くなって、ひとみ先生の「半分っこしようか」という声がした。僕の目はもう一度先生の唇に吸い寄せられていった。(「レッスン」第6節)
その日を境に、レッスンは高度になったが、僕の技術も彼女に少しずつ馴染んでいった。ところが数ヶ月後のある日。レッスンは突然終了した。突然だった。先生、赤ちゃんが生まれるんだって。おめでたね。母親が言った。僕が高校に行っている間に誠さんから電話が掛かってきたらしい。本当はこの間のレッスンの後に申し上げるつもりだったのですが、ちょっと妻は言い出しにくかったのでしょう。もちろん電話レッスンの方は続けていただいても構いません。そんな話を誠さんは言っていたそうだ。
僕はそれ以来ひとみ先生に電話をすることも、もちろんマンションに通う事もなかった。なぜならば、彼女はマリアで誠さんはヨセフさま。
HITOMI、とファーストネームで呼び合うような仲ではなかった、と僕は書いた。けれどもぼくは人生最初のレッスンを彼女から受けた。(「レッスン」第7節)
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〈人生最初のレッスン〉とはいかにも大袈裟な書き方ですが、中学3年生の〈僕〉には、まさにそんな風に思われたのでしょう。正しい発音の仕方、唇のすぼめ方、公園の名前など、可愛い先生からその時の僕にとって大切なことを教えてもらうという体験。ヨセミテ公園で見た星の輝きのように、今でも忘れることができないでいます。
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ヨセミテ公園というのは、アメリカ旅行中に行った公園の名前で、とても美しい場所でした。でも僕は名前は憶えていませんでした。そこで拾った松毬が、日本では考えられないくらい巨大だったことや、木製の小屋があって、その中でホームステイ先のファミリーたちとはしゃぎまわっていたこと、今書いた夜空のこと、などは憶えているのに、公園の名前はさっぱり抜け落ちているのでした。詩の中には出てきませんが、僕がその話をひとみ先生にすると「ああ、それきっとヨセミテ公園ね」とひとみ先生に教わったのでした。名前を知ると、もやもやした気持ちがすっと消えました。先生のマンションは、高槻にありましたが、この詩の中には高槻という地名は出てきません。その代わり、ひとみ先生の唇の形を通して知った、それまで知らなかったことを知ったのでした。
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以前この連載で、「アメリカ」という言葉が自作の中に出てきているという話を書いたことがあります(本連載第9/10回)。しかし、そこには(地名と言えば地名だけれども、そう言い切るにはあまりにも漠然とした、国名というほうがよいだろう)「アメリカ」という名が出てきているにすぎません。しかし、この「レッスン」に至って初めて、誰かに地名を教えてもらうという体験をもとにその場所について書いた詩が生まれたのでした。僕の中ではそのような体験を書いたのはこの詩が初めてのことでした。
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僕の詩は、個人的なことをフィクションの中で語りえる成熟したものになるには、長く時間を要したのですが、ここ2年ほど「東京荒野」に連載している「小説 青野三四郎」の中には、同名の〈瞳先生〉が姿を変えて登場しています。ただその中で地名がどのように展開してゆくのか。これは、書いている僕自身にもまだ、よく分かっていません。
