「会話、公共、ど猥褻。悪いのは誰だ」湯原昌泰
年末の年越しライブを見終わって、終電を逃し、店が閉まるまでのライブハウス。隣になった若い女性といくつか言葉を交わし、芯まで冷え切る東京の夜更け。始発が動くまでの間、近くの漫画喫茶で時間を潰そうかという話になって、その個室。
「相変わらず、東京の漫喫は汚ねぇなぁ」
「前の人が使った指紋とか、机にべったりついてそうですよね」
「よかったらウェットティッシュ、使ってね」
「ありがとうございます。私も5枚、とってきちゃいました」
「芳香剤の匂いも安っぽいねぇ」
「でも私、このパチンコ屋みたいな匂い、結構好きかも」
「ところで今日のライブ、よかったねぇ」
「うん、本当にすごかった」
「どの曲がよかったですか?」
「私は2曲目にやった、『茨の城。利根川、取手、守る谷。まるで敵は東京にありと、言っているかのようですね。お疲れ様です』がよかったなぁ」
「俺は5曲目の『なぜ夕焼けが美しいか知ってます?それは友達もいない、恋人もいない、金もない。まるでゴミのように生きる俺らを、少し慰めるためですよ』がよかった」
「わかる。『日本人のくせに、ダーリンってサビ、なんなんだよ』ってね」
「『え?年収600万円で、取られる税金200万円?残った金、400万円。そこから消費税引かれて360万円って、家賃払ったらもう終わりでんがな』ってか」
「ギターもかっこよかったですねぇ」
「最初にやることが全ての弦の音を狂わせることだからねぇ」
「ところで君は他にどんなバンドを聞くの?」
「私は最近、MOSTを聞いてました、久しぶりに。わかるかな」
「え、MOST?MOSTってPhewさんがボーカルのMOST?」
「うん、そのMOST。私、AUNT SALLYも大好きで」
「わかる。俺も大好き。じゃあもしかして倉橋由美子さんなんかも好き?」
「倉橋由美子さんも好きだし桐野夏生さんも好きですよ。山田花子さんの漫画も、冬になると読み返したくなるなぁ」
「マジか。じゃあ蛭子能収も?」
「勿論!個展にも行ったし、島本和彦さんも大好き」
「じゃあ寺山修司と三上寛?」
「うんうん。INUも好きだし、ピーズも好きですよ」
「ちょっと待ってくれ。じゃあバタイユは?バタイユはダメなのか?」
「バタイユだってダメじゃないし、チャールズ・ブコウスキーだって全然OKです」
「ブク!ブク!やつに小便をするためのおまるがなかったとしても、それは俺のせいじゃないよ!」
「あなたは美徳ではなく、快楽によって私を説得すべきだったわ!」
「な、なんてことだ。カートコバーンがニルバーナで、マーズボルタが中上健次だよ」
「織田作之助と深沢七郎って、藤崎麻里と野坂昭如だったんですね」
「ねぇ君…、君の名前はなんていうの?」
「私?私は幸子です」
「あぁもう耐えられない。幸子ちゃん。こんな空間、よくないよ。狭くて暗くて猥褻だ。熱く、可能性に満ちている。俺は外に行ってくる。爪なんて赤く塗っちゃってさ。君の匂いもよすぎんだよ。俺は新鮮な冬の空気が吸いたい」
「え、待って、置いてくの?それならここのお金、払ってよね!」
会話、公共、ど猥褻。悪いのは誰だ。
