「抵抗する光――宮尾節子詩集『恋国(こいこく)』を読む」ヤリタミサコ

2026年01月05日

 オビがかっこいい。「詩人が政治的でわるかったね。」という宮尾さんのスックとした立ち姿(おそらくは抗議活動の一場面なのだろう)、それだけでプロテストの詩集だとわかる。精神的背骨の強さが立ち上がっている。であると同時に、黒地にピンクの文字色、カバー下の表紙・裏表紙はピンク色、という遊び心もたっぷり備えているところが楽しい。
 反戦を訴える、宮尾さんの毅然とした声が聞こえてくるような作品が多い。特に第二部は圧巻だ!叙事詩のように展開する「ヒムネ Bleeding heart dove」の一部を紹介する。緋胸鳩またはムナツキバト(胸突鳩)、Bleeding heart dove(胸流血鳩)と呼ばれる鳩を題材に書かれている。


   (……)
   アア、美シヤ
   緋胸の柄は
   ニホン(この国)の旗――
   ヒノマルだ。

   平和の象徴である(はずの)島の鳩は
   すでに戦争を放棄して
   平和の約束がある(はずの)国の旗を
   思い出さずには、いられなかった。
   (……)
   あらかじめ、ちぬられた、ひむね
   せなかの じゅうじかのように
   つかれた むねの ひむねが ひのまる。
   (……)
   るそんとうの はとが
   ひのまるの はたを
   のこしたの じゃない

   ひのまるの はたが
   はとを――
   のこしたのだ るそんとうに。
   (……)


 太平洋戦争激戦地ルソン島では30万もの日本兵が死亡したのだが、飢餓と感染症による悲惨な死が多く、戦闘以外の原因で命を落としている。国家と軍による展望なき無謀で無用な兵の投入、つまり生命と人権の無視である。レイテ島を舞台にした大岡昇平『野火』にも、そのような状況は詳しく描かれている。自国の政治の無策によって救われるべき生命が奪われていくことに宮尾は激しく怒り嘆きながらも、深い悲しみを「緋胸鳩」に背負わせている。例えば平家蟹の甲羅の模様が敗者・平家の怒りの顔に見立てられるように、この緋胸の赤色は殺された人間の血だと感じ取っている。
「さきの戦争」と呼ばれる大戦は、誰もが知る戦争でありながら誰も詳細を知らずに過ごしているという、恐ろしく宙ぶらりんな事実だ。歴史の授業でわずかに触れるだけ、あるいは先祖が引き上げや外地の体験者だったとか、空襲で逃げ惑ったことをわずかに伝えられている、などが一般的かもしれない。しかし見えなくされている大きな事実を知ろうとしないと、現在の世界で発生してい侵略や戦争について理解することができない。一例では、「さきの戦争」末期にソ連軍が侵攻したため、大陸や北方領土では広範囲でのレイプ・性奴隷が発生し、性暴力を恐れた女性たちが自殺まで強要されている(日本側の男性社会がソ連兵から性暴行を受けた女性を受け入れないため)。このような事実を自分事として受け止め、苦しく悲しい思いを、やむにやまれぬ思いを、自分の中に感情的な経験として体験しているのが宮尾だ。
 その一方で、見えない抑圧に対してはユーモアで答えるという余裕の裏技も持っている。「なまほうそう」という全文がひらがなで書かれた作品だ。


   (……)
   みやおさんは
   あかではないですよね
   あか!――みみをうたがった。

   なまほうそうである
   あかって、なに? いまどき
   とききたかったが なまほうそうである。

   (……)
   なまで、ふまれる
   あか、がかわいそうになった
   わたしは、とっさに こたえていた

   ぴんく――かも!
   (あかも しろも――まもりたかった)
   (……)


 いやあ、アカでもシロでもなくピンク、ってなんて素敵な答えだろうか。アカ=左翼という先入観を、風速50メートルで笑い飛ばすような爽快さだ。ここでようやくブックデザインのピンク色が輝いてくる。そうか、アカもシロも守る決意はピンクか、と。シロは白紙、つまりすべてにOKの意味につながるし、アカは左翼、という連想につながる、という前提がまかり通っていることに、驚き・怒り・あきれる。
 違う価値観が交わるとき、すれ違いと摩擦が起きる。話し合っても交わらないこともあれば、傷つけあうこともある。徒労に終わる交渉や会話。でもそのプロセスが重要だろう。アカでもシロでもない、ピンクを見出すことができる感性の柔軟性が、宮尾の詩の魅力だ。
 平和、寛容、尊重などは、抽象的なので現実に落とし込みにくい概念で、口で言うのは簡単だけど実行するのは難しい。例えば日時に対する感覚でも、約束したから守るのは当然と考える文化から見たら、約束したけど理由なく延期・変更は当たり前という文化には我慢を強いられるわけだ。否定せずに存在を認め、寛容になるためには、葛藤を乗り越えるための見えないエネルギーが必要だ。つまり、あーでもない、こーでもない、まとまらないけど考える、そのプロセスが他文化への寛容につながる。
 宮尾は「蜘蛛の巣宣言」という詩で「それでも 言い張りたい/中空に透明なことば 張り巡らせて/蜘蛛の巣は 抵抗する――と。」と書く。言葉のもつ力は蜘蛛の巣みたいに頼りないけれど、繰り返し抵抗できる力があるとエンパワーしている。宮尾の蜘蛛の巣の輝きが、世界の抵抗・プロテストに光を届けるのが見える。





ヤリタミサコ