「いつか二人でパリに住もうよ」 荒木田慧
いつか二人でパリに住もうよ
隣同士のべつべつの部屋で
あなたが部屋で芸術する午後
私はひとり街で詩をする
広場とハトと石畳と緑と
ルンペンの絵描きのおじいさん
かれの隣に座って
絵の具のチューブを数えながら
物乞いの真似ごとをする
ハトを蹴散らし
子どもをそそのかし
マダムの連れてる犬をたぶらかして
飽きたら帰り道、市場に寄って
行き交うひとびとに身体をぶつけながら
新鮮な野菜と果物と
とびきりおいしいチーズをあつめる
角のパン屋から
売れ残りのバゲットと
ブリオッシュでいっぱいの
紙袋をしわくちゃにかかえて出て
(扉についた鐘がゆうがたの金色に
きっとガランガランと鳴る
それとも教会の鐘かも)
アパートの重たい赤錆色のドアを
右肩の先で斜めにぐいと押して
エレベーターのない5階まで
ひんやりした階段をふうふうのぼり
やっと部屋に着いたら
帽子を脱いであついカフェオレをいれる
床にへたりこんで
ラジオをつけてみるけど
きっと何ひとつわからなくて
カップの底を見つめる
(安心して私は少しねむる
窓から射し込む夕陽で一瞬
部屋はランタンみたく橙に輝く)
ふと目がさめたころ
太陽などもうどこにもおらず
窓には三日月がでていて
あわてて電灯のスイッチをまさぐり
そこまできてやっと私は
あなたのことを思い出す
きっとあなたはおなかを空かせているから
想像力をはたらかせて私はキッチンに立ち
新鮮なサラダとパンとチーズと
あたため直したたっぷりのカフェオレを
エッフェル塔の絵のついた
お盆にのせて持ってく
ひとつ隣のあなたの部屋まで
片手でリンゴをかじりながら
(初めまして、みたいな顔であなたは私をみて
朝ごはんみたいだなあ、ってちょっと文句言うかも)
パリじゃなくてもいい
いつか二人で一緒に住もうよ
ダマスカスでも北京でも
レイキャビクでも春日部でも