「十字路X」湯原昌泰
今のSNSは狂ってる。一方では「こっちの方が安いよ!あっちは金の亡者だよ!」と声を張りあげ、もう一方では「あんなもん食ったら死んじまうよ!腹に毒物溜まって殺されるよ!」と絶叫する。しかもそれらは全く同じ音量で発せられていて、Aだ、いやBだと正反対のことを聞かされ続けた通行人は耳から疲れ、一人、また一人と街を去っていった。気づけば街はゴーストタウンと化し、残ったのは血走った目をした地獄の商人だけだった。
そのゴーストタウンを歩いている。駅から商店街に向かい、信号を渡った先の、ゴミ箱からゴミの溢れたコンビニに入った。トイレを借りてドアを開けると、床はところどころ濡れていて、歩くたびにペリッ、ペリッと音がした。気持ち悪いので爪先立ちで用を足す。「タイパ is GOD」「そんな詩で人が救えんのか?」「NISAのすすめ」壁には無数の落書きが書かれていた。俺はそれらを見ると、鼻に指を突っ込んで壁に鼻クソをこすりつけた。便所を出て水の流れの悪い洗面所で手を洗い、お礼に肉まんを買った。駐車場の縁石に座ってそれを食っていると、地獄の商人Aがやってきて、「うまそうだな」と言う。「半分食うか?」とわけてやると、商人は飲むように肉まんを食った。そうして指まで舐めた後、「お礼にいいこと教えてやるよ」と言う。
「この先の高架下にな、毎週水曜だけくるラーメン屋があって、そこの味噌バターラーメンが異様にうまい」俺はそれを訊くと、「ああ、それなら知ってるよ。うまいよな」と頷いた。すると商人は唸り、「じゃあ、ここの便所でな、水を流すだろ?その時にレバーを左に3回、右に2回まわすんだ。そうすると左側の壁が開いて、中に入れる」と言った。
「ほんとかよ?」俺は半分笑ったが、商人は真顔だった。ほら、ほら、とせっつくので、しぶしぶトイレに戻り、左に3回、右に2回、レバーをまわした。だが何も起きない。野郎、騙しやがった。俺は急いで外に出たが、商人の姿はもうなかった。
馬鹿にしやがって、とショートホープに火をつけた。商店街にはいたるところにゲロがあり、鳩がそれをつついていた。ふと、「ピストルを撃つということは、ピストルの奴隷になるということだ」というプラカードを持った集団がいた。俺の書いた言葉だった。俺はその集団のところに走り、「勝手に使ってんじゃねぇ」とカードをへし折った。そして裏に「弾と鼻に出会いを!」と書き、「同じ意味だ」とカードを投げつけた。怒りに汗を垂らしながら右に曲がり、左に曲がった。角に潰れた喫茶店があり、その前に辻占いに立つ老婆がいた。ちょいちょいと俺を手招きする。俺か?と自分を指さし老婆の元へ行くと、老婆は俺をまじまじと見て、「今日は4月4日だからね、北によいご縁がある」と言った。
「ほんとかよ?」俺は再び怪しんだが、頭に北がこびりついたのか、足は北に向かった。立ち並ぶ店の大半はシャッターを下ろしていて、壁には蔦がぼうぼうに這っていた。窓ガラスは破られ、食器棚は倒され、その窓にブルーシートが止めてあった。それらを見ていると、「北だよ、北。そっちにご縁があるよ」と言った占い師の顔が思い出された。「北、北、北」その声に俺は立ち止まり、「あんまり俺を舐めるなよ」と南に向かった。南には川があり、その沿いに何本もの桜が咲いていた。もう夕方だというのに若い女の子たちが水着で、というかほぼ裸で川に入っている。その中で一際背の高い、180センチはあろうかという金髪の子の背中に、天使の翼のタトゥーが入っていた。彼女がボールをあげるたび、翼は大きく上下した。
彼女たちの嬌声を聞いていると、俺も川に入ってみようかなという気が起き、服を脱いだが超寒い。どうなってんだ。川の中はあたたかいのか?と、縋るような気持ちで川に足をつけた。冷てぇ。俺は急いで服を着て、川の中でビーチバレーをする彼女らを眺めた。煙草に火をつける。すると、「火、貸してくんないか」と妙に肌艶のいいおっさんが俺の隣に座った。ライターを渡すとおっさんは、「ありがとう」と火をつけた。返す時、俺の煙草をちらと見て、「ショッポか。なに?短いのが好きなの?」と笑った。「プスゥゥゥ、ハァァァ」と煙を吐く。うっせぇな。俺は思い、それでも黙っているとおっさんは、「なあ、いいこと教えてやろうか?」と耳打ちした。
「きみさ、質量保存の法則って知ってる?なくなったら他がふえるってやつ。あれなんだけどさ、きみ、禿げたくないだろ?いい体してるし、セクシーだよな。でも禿げたらノン・セクシーだ。だからさ、禿げる前に全身の毛、抜くんだよ。そうすっと抜いた分の毛がぜんぶ頭にいく。禿げない。そうだろ?」おっさんは同意を求めたが、俺は「いやあ、そうっすかね?」としか答えられなかった。ふと、おっさんは目元だけ青かった。おっさんは続けた。
「この世に意志があるとしたらね、それは質量保存の法則だよ。増えない、減らない、なのに人口減少。ならどっかにエネルギーいっちゃってるね。君が鍛えたせいだな。かっこよくなっちゃって。あるいは、俺がいま恋に燃え、夕日のように体を熱くしてるせいかも」そう言っておっさんは俺の手を握った。その瞬間、俺はおっさんを殴っていた。血が出た。手は冷たかった。おっさんは毛のない足を晒し、泣いた。
振り払うように走り、北に向かった。北には大きな杉林があった。20人ほどの男女が藁人形を持ち、「てめぇ、ふざけやがって!」「死ねゴラァァァ!」と木に杭を打っていた。だが、その一撃、一撃ごとにどこかで「いてぇ!」「指があああ!」と悲鳴があがる。「割れた!ねぇ、爪、割れた!」そう泣き叫ぶ女を見ていると、「一発いかがですか?」とやたらと白いスニーカーを履いた若者が声をかけてきた。藁人形一体1000円也。それに俺が、「じゃあその藁人形買ったらお前の心臓に釘、打っていいか?」と訊くと、若者は「え?いや、え?」と一歩、後ずさった。
俺は十字路に戻って佇んだ。空には靄がかかり、北極星は見つからず、相変わらず右ではこちら、左でもこちら。北に行ったら死ぬぞ、南には悪魔が立っていると言いあっている。俺はそれらを見、それらを聞き、重い息を吐いて自分のチンポジを直した。そうして角を曲がり、再びコンビニに向かった。
左に3回、右に2回と商人は言った。もう一度試すが、変化はない。では逆は?と、右に3回、左に2回レバーをまわす。すると、ガチャと鈍い音がした。え?音のした方を向く。壁にはぎっしり落書きがあった。「タイパ is GOD」「そんな詩で人が救えんのか?」「NISAのすすめ」その横に、「一度でいいから好きな子と、生でセックスしてみたかった」と震える字が書かれていた。俺はその壁を押す。少し壁は動いた。そのままさらに力を込める。壁はやけに、重かった。
