「家族」桑原滝弥

2021年09月30日

「家族」




「ママ、おやすみのチュウして」
「パパは?」
「パパはくさいからヤダ!」 





 拝啓 時下、ご清祥のことと存じます。
 突然のお手紙失礼いたします。当職は、SK氏(以下「通知人」といいます。)の代理人として、以下のとおり通知します。
 さて、まずは、今回このような形で貴殿に通知書を送付するに至った経緯についてご説明致します。 
     通知人は、下記の土地及び建物(以下、「本件不動産」といいます。)を所有していますが、本件不動産には貴殿の父親である故KT氏の抵当権(以下、「本件抵当権」といいます。)が設定、登記されています。故KT氏は、平成15年4月○○日に亡くなられていますので、故KT氏の唯一の相続人である貴殿に対して、本件抵当権の抹消登記手続を行うために、本通知書を送付するに至った次第です。 
     次に、本件抵当権を抹消するべき理由についてご説明致します。
 通知人は、本件不動産を平成14年3月○○日に競売で取得しました。その後、故KT氏が平成15年3月○○日に通知人に貸し付けたとする160万円の債権を被担保債権(以下、「本件被担保債権」といいます。)として、本件抵当権を設定し、平成15年3月○○日に登記されています。
 しかし、通知人は、故KT氏から金銭を借りたことはなく、また、本件抵当権の設定契約を締結したことも、その登記を依頼したこともないのです。通知人は、最近本件不動産を処分しようとして登記簿を確認したところ、本件抵当権の存在について知ったのです。
 通知人が通知人の夫に確認したところ、通知人の夫がある業者と請負代金で紛争となったところ、紛争の相手方が暴力団員に紛争の解決を依頼し、故KT氏がその紛争に介入してきたとのことでした。そして、暴力団員として紛争に介入してきた故KT氏から半ば脅されるような形で、通知人の夫は、通知人の実印を使い、契約書を偽造して本件抵当権の登記に協力したとのことです。
 以上のような経緯からすれば、本件被担保債権も、本件抵当権設定契約も無効ですので、直ちに本件抵当権の登記は抹消されるべきです。
 また、本件被担保債権については、弁済期が確認できませんでした。そうであれば、仮に、本件被担保債権や本件抵当権設定契約が有効であると仮定しても、本件被担保債権の権利行使が可能となった相当期間経過後から既に10年が経過していますので、本書面にて消滅時効を援用致します。なお、本書面は、本件被担保債権や本件抵当権の存在を何ら「承認」するものではないことを念のため申し添えておきます。
 以上の次第ですので、本件抵当権の抹消に何卒ご協力をお願い致します。最後に、本件については、当職が通知人よりその事務の一切を全面的に委任されていますので、連絡は全て当職までお願い致します。
 以上ご検討をお願いいたします。
ー 後略 ー 





突然十八年前の
父親の晩年の有様を知って
私はベランダに出て
煙草を一本吸った
いつもよりも丁寧に 

それから
空を見上げて
「なんだ、それ」
と言った 

忘れていた父を
全力で殴りたい衝動に
駆られた 

部屋のなかから
四歳になる息子が
「パパ、うんこ出た〜」
と叫んだ 





ぱぱ、ぼくのことおぼえとる?
ぼく、ずっとさびしかったんやで
ままをこまらせたらあかんとおもって 
あかるいこでおったよ
いつかいきていたらあえるとおもっとった
そうおもえたからがんばれた
でもだいぶまえにしんどったんやね
ぱぱ、ぼく、ぱぱになったよ
ぱぱのきおくはめっちゃやさしかったことと
めっちゃこわかったことしかおぼえてないから
ぱぱのてほんがないまま
どんなんやろうててさぐりでそだててる
げんきなおとこのこやに
そのこのしゅっせいしょうめいをやくしょにだしにいって
ぼくのしゅっせいしょうめいだしてくれたんがぱぱやってわかって
ああ、ぱぱにあいたいなあ
うまれたむすこをあわせたいなあ
そうおもってたとこやったんやで
せやけどもうあえんから
いのるわ
あんたのこと
あんたのちのおかげでたいへんやったけど
あんたのちのおかげでここまでこれた
めいわくかけたいのちにちゃんとつぐなえよ、あのよで
おれもそのきもちでいきるから、このよで
ぱぱ、よわいなあ
ぼくもよわいけどぱぱよりはつよいで
むすこにいつかぱぱのことはなすわ
ぼくなりに
ありのままを 





息子の肛門は
ピンク色で美しい
肌が荒れないように
ウエットティッシュで注意深く
汚れを拭き取る 

私は相続放棄の手続きをして
四歳で生き別れた父と
縁を切った 

あの時の私のうんこは
いまの息子のうんこ同様
臭かっただろう 

親は子に
最後の最後に
己の死を通して
何かを教えるという
私は何を学び
何を残すのか 





何気ない
考えもしない
でも心の片隅に
よくよく思い出したら
映り込んでいる
ぼやけた影
離れた途端にほら
あふれていく

あれが家族だったんだ