「人間稼業」牧野晋三

2022年02月07日

愛と情熱を胸に
希望というたいまつを片手に
この現実を進もう
氷の国の民の魂に火をつける為に
人間の優しさを取り戻す為に
我の名は芸術。
人間を目指す者。

エスカルゴ・ポトフ 
フランスの詩人 詩集 有限の夢より


「おいっ、おいっ、分かっとるんか?

一万円の原価、22円だぞ。
俺らは騙されとる。絶対に。
あの、偉人の描かれた茶色い紙屑は22円で作れる。
つうか、俺ら男の仕事は、あの茶色い原価22円の紙屑を集める事じゃないだろう。
そして、忘れてはならんのは一万円もクソを垂れた後にクソの付いたケツを拭く紙もよぉ紙屑ということでは物質の本質としては紙ということでは同じだってことよ。
俺たちは何をありがたかってるんだ。
俺たちは男は国の事を考え、子供達の未来について考えることが本来の仕事だろ?
テレビも芸能人もYouTubeも世間も、コスパとか資産運用とか転職とかメディアで煽りすぎ、金金言い過ぎだわ。
こんな豊かな国に生まれておいて我々日本人はいつまで老後の金の心配をして
安定が幸せであると勘違いして生きていかなあかんのだ。
なっ、そう思うだろう?」

商品の段ボールが沢山積まれた店内から少し離れた埃っぽくかび臭い商品の倉庫。

時刻は17時50分、バイト先のスーパーで働いている後輩の大学生に意味不明な説教をするのが俺の日課だ。
大学生はダルそうに俺に一瞥を投げかけた。

俺の名前はパンク。
38歳フリーターだ。

いや、世間的にはフリーターとして生計を立ているだけで、俺の本職は芸術家である。
俺の本職はフリーターではない。
つまり俺の本来の仕事は芸術である。
世間一般的にはろくでもない人間だと言われる男である。
でも、人生の本質は主観だろ。
俺は俺として俺の人生に誇りを持っている。
せめて誇りを持たなければ現実はこんな俺に厳しすぎるからだ。
そして、その厳しさに耐えれる程俺の心はタフではない。
つまり、世間的には俺は誇り高きフリーターということだ。

「蒔田さん、人は何で働かないといけないんですかね?」

大学生アルバイトの志戸くんがそう聞いた。
その声色には少し戸惑いが感じられる。
身長はおそらく190cmはあるだろうそして、スポーツマンらしくガッチリした体型をしている。今年、成人式を迎える19歳だ。
俺が結婚が早ければ俺の子供くらいの年齢である。

「うん、非常にイイ質問だ。
それはだな。
今朝、YouTubeで歴史のチャンネルをみていると、面白い事を言っていた。
どうやら、旧約聖書によるとイヴが蛇に唆されて、智慧の実を食べてしまい、イヴがさらにアダムにも智慧の実を食べさせてしまったが為に我々人間は神様の怒りに触れて、女には産みの苦しみを男には労働の苦しみを与えたらしい。
楽園追放。
だから、全ては蛇のせいだな。
蛇がイヴを、唆したから、我々は働かなければならない。
これは、金のせいでも国のせいでも社会のせいでもなく、蛇のせいだ。
蛇、おいっ、このヤロー。
なんて事をしてくれたんだ。
働いて金を稼がなきゃならないじゃないか。
嘆くが良い。遠慮はいらん、心から嘆きなさい。神が許さなくても俺が許そう。」

「ブフッ。なんすかそれ?」

「いや、お前もやがて就職したら、分かる。
その時に心から蛇を憎む日がくるぞ。
労働のクソさ。金の重さ。社会の窮屈さ。
出てこーい、金を作った奴。とか
労働とは人間が生み出した最も最低な行為であるとかな。言いたくなるぞ。
それでもな。
社会のせいや国のせいにし過ぎると人は社会主義や共産主義に走ってしまう。
そうなるとそれが過激になって最終的には独裁者が誕生してしまう。
多分、毛沢東もポルポトもヒトラーもそう。
最初は純粋に理想の為に国民の為に資本主義と戦っていたのかもしれないが、権力を持つとだんだん訳わからなくなって、かつて自分達が憎んだ資本家より狂ったことになってしまう。
まぁ、所詮俺はYouTubeで見てそう思ったってだけの話だから、本当の事はその時代を生きた人とか本人しか分からないこともあるけどな。
理想と平等を心から願っていたのに、ミイラ取りがミイラになって権力握った瞬間に徐々に狂ってくる。
そして、自分に逆らう者を101号室に送りたくなってくる。
何、俺のやる事が気に入らないだと。
おーい、コイツを101号室に連れて行け。
その先に待っているものは何か?
独裁者には漆黒の孤独だよ。
そして、我々一般市民には飢えと裏切りの地獄だよ。
国や社会のせいにしたくなる気持ちはわかるんだけどな。
実際に俺もそう思ったりすることもある。
でも、蛇のせいだとなんか怒るのも馬鹿馬鹿しいし。
なんか、明るいだろ?
蛇相手に何を俺は真剣になっているんだろう。みたいな。
あーぁ、働かなきゃいかん。
給料安い、休みない。
辛い。
おいっ、蛇ふざけんな。みたいなね。
そうやって、現実を茶化しながら、自分の中で国とか人のせいにせず人生を豊かにする方法を見つけれたら、最高じゃん。」

「蒔田さん、40前ですよね。就職とか考えてないんすか?」

「いや、40前でこんな事言ってたら就職無理だろ。
上司にとってこの部下扱いずらするぎるやろ。」

「たしかに。
蒔田さん、もう、6時過ぎてますよ。
上がんなくてイイんすか?」

「うぉー、マジか?
お疲れさん、また、来週な。」

もう一度言う、
俺の名前はパンク。
写真と散文詩で構成された
ギターと散文詩
という自作の本を路上で人様に販売する。
芸術の可能性と人間の本来もつ情熱を信じてやまない男。

☆☆☆☆☆☆☆ 

家に帰り、スーパーのユニフォームを脱いで
他所行き用の装いに着替え、気に入った服で自分をコーディネートする。
自分のファッションセンスなんてどれくらいものかは知らないが。
でも、他所行きの服や気に入っている洋服に着替える事で気持ちが少し高揚する。
あと、綺麗な格好をしていないと本が売れないからだ。
多分、こういった事は気の持ちようだと思う。
しかし、この気の持ちようが本を売る時にとても重要だったりする。
芸術とは気であるとか、情であるとか恐らく目にははっきりと見えない心のやり取りである部分が大きいと思っているから。

だって俺の本は一冊1500円、しかも本屋ではなく、路上で販売をしている。
そして、俺は超が超つく程の無名。
この状況は世間一般的にはヤバい人に見えるだろう。
38歳、まぁまだ若いっちゃ若いが、
20代程若くないことが、ヤバさに拍車をかけてしまっているところもあるから、自分の作品つまり自分の見えないところを知ってもらう為には人様に見えるところくらいはちゃんとしなければならないということをこの7年で学習した。

だから、今年は洋服を買う為にひたすら節約とスーパーのバイトと派遣のバイトに励んだ。

歯を磨いて、髭を剃って、顔を洗う。
少しでも、バイト後の疲れた顔を柔らかくする為に。
ダルそうに路上で座ってスマホを触ったり、道端で知り合いと馬鹿な話をしてだべっていても本は売れない。

もう一度言う、俺の本
ギターと散文詩
は一冊1500円だ。

世間では美味しいラーメン屋でトッピングとライスが付けれる値段。居酒屋の飲み放題の1人分の値段。焼きたてのサーロインステーキ1枚分の値段。タバコ2箱分と缶ジュースを買ってお釣りがくる値段。有名作家の新作の本の値段。

その値段をショバ代も払わず、誰に依頼された訳でもない本を作って、それを売って路上で1500円稼ぐんだから、最低限の人としての大切な事を考えなければならない気がしている。
せめて、人前に自分の姿を晒す時くらい人様の基準に合わせなければ。
商売の本質は詐欺となんも変わらない。
だからこそ、自分からせめて明るい空気を発するために汚れてないボロくない洋服を着るとか、一生懸命にチラシを配るとか、いつからか身だしなみやエチケットには気を使うようになった。

家に帰ってから30分程で支度を終えて、部屋を出る。
季節はもう、12月。寒い季節だ。路上販売をやる者としては身体的には厳しい季節だ。
しかし、同時に最もやりがりのある季節であり、最も気持ちが燃えるのが冬だ。

ギターと散文詩数冊と道端で本を売るスペースを作る道具を入れたトートバッグを肩に掛けて、自転車のカゴに積む。
目指すは吉祥寺サンロード商店街。
スマホを開きTwitterで路上販売の告知をする。
Bluetoothのワイヤレスイヤホンを耳につけ、
iPhoneのミュージックのアイコンをタップし、ライブラリからアルバムを選ぶ。

今日はバイト中に嫌なお客さんのクレーム対応で少しギスギスとした気持ちになったから、少しでも心を柔らかする為にブランキージェットシティーのロメオの心臓にしよう。

うちから吉祥寺サンロード商店街まで自転車で約1時間弱。音楽はこの超小規模の旅の最良の友である。

自転車に跨りペダルを漕ぎ、十分弱で鎌倉街道を抜け、井の頭通りに出るとひたすらに真っ直ぐ突き進む、冬の冷たい風がガンガン顔に当たってくる。
しかし、寒いが音楽を聴きながらの自転車を漕ぐのは結構快適だったりする。
タバコがあれば尚、最高だ。
冬、寒空の下で温かい缶コーヒー片手吸うタバコとパチンコで確変に入った時に吸うタバコの美味さは、筆舌に尽くしがたい。
あれぞ、歓びとか幸せというものの正体だと俺は思う。
そして、俺の人生はいつ確変に入るのだろうか。
金がないからタバコを辞めた。
タバコを吸わなくなって、一年半が経つ。
だが、俺の精神はまだ喫煙者だ。
ナメんな。
社会、嫌煙者共、そして、喫煙者から税金を取り上げるクソ政治家共。
また、絶対吸ってやるからな。
俺がタバコをどれだけ愛してると思ってるんだ。
30代前半のイイ歳しても親に嘘ついてたまに仕送りさえもらってタバコを吸い続けてきたんだからな。
タバコの事を思うといつもそんな事を考える。
そんな状態で人生の確変なんて程遠いだろう。

井の頭通りの歩道側を自転車で走る。
右側の車道側はまだ、夜が始まったばかりだというのに、まばらな交通量だ。
宮前四丁目の交差点を過ぎて、スギ薬局が見えてきたところでアルバムの楽曲はブランキージェットシティを代表する名曲赤いタンバリンになった。
思えば、高校生の頃もウォークマンのカセットにブランキーのロメオの心臓をダビングして、それを聴きながら、通学路を通学したり、ファミレスのバイトに行ったりしていた。
20年前の田舎で過ごしていたあの頃と歳だけはとったかもしれないが俺は何も変わっちゃいない。
しかし、変わらな過ぎて現実を認めたくないこともある。
これが、現実の残酷さである。
そもそも、伝説を残して20代で死ぬ予定だったから、予定外に結構長く生きている。
だがしかし、
20年後、車くらい乗ってもんかと思ってたし、結婚くらいしてるもんかと思ってた。
独身40歳前の自転車移動はなかなかの悲しきコメディだ。
しかし、本当に変わっていないのね俺。
20年前、大人になりたくないと思っていたが、本当に状況的に大人になっていないという現実は残酷である。
この歳で大人にならない事は本当に大変である。
並の大人の精神では出来ない誇り高き偉業で、いや異業である。

「社会、怖すぎるわ。現実きつすぎるわ。」

つい弱音を声に出してしまった。
いかんいかん、俺はちゃんと自分で金を貯めて自分でデザインやレイアウトをして本を印刷する印刷会社も探して出版した。
こんなクソみたいな現実に平伏してたまるかよ。
北斗の拳のラオウの如し、どんなに自分がちっぽけだとしてもまず自分が現実にビザをつかない事だ。
せめて、俺自身がアミバ のような男でもマインドはラオウのようにあらねば。
弱音を振り切るように、ペダルを強く漕ぐ。
ペダルを勢い良く漕いでいるだんだんと弱気が薄れていく、こうやって音楽を聴きながらペダルを漕いでいると無心に近づいていく瞬間がある。
自転車を漕ぐという行為のこんな所が俺はなんか好きだ。

進学塾の東進ハイスクールを通り過ぎた辺りでアルバムロメオの心臓は佳境に向かう。
小さな恋のメロディだ。
対抗車線側の東進ハイスクールのド派手なイルミネーションを横目に、小さな恋のメロディにイントロに身を任せる。

テインカーベルの彫刻ほどこされたドア
開けたのは俺の親友 Las Vegas Pat Tune Sunny
奴は言う
「見た目はダメでもハートがあればそれだけでラッキー 生まれてきた甲斐があったってもんさ」

十五歳の誕生日のプレゼントに兄貴がくれたロメオの心臓のCD。
盤面が擦り切れて音飛びするくらい聞いたこの曲、ベンジーの癖のある歌い方、温かい声がバイトで疲れたやさぐれた俺の心に優しく染みた。
10代のあの頃と何も変わっていない。
今の状況もこの曲に感じる事も。
だけど、俺はこれまでの人生この曲のようなハートのある男として生きてこれたのだろうか。
きっと、違うと思う。
だからこそ、あの頃聞いていたこの曲が心に染みるし、この歌詞が痛いくらい刺さるんだろう。

もう、過去には戻れない。どうやっても。
生きてきて残してきてしまったクソみたいな人生の足跡。
男としては男と名乗るのも恥ずかしいような行いの数々、ダサくてカッコ悪い生き方、振り返ると恥ずかし過ぎて、ふと消えてしまいたくなる。
しかし、まだ生きている以上、せめて死ぬ瞬間に少しでもマシな男だと思えるように生きてる。
たとえ、伝説になれなかったとしても。

せめて、どこかで自分の人生を一瞬でも肯定的に感じれる瞬間を夢見ている。

その瞬間を目指してこうやって路上に本を売りに来てる。
自分の作った本を売る。
そして、完売させる。
せめて今はそれくらいしかこの自分のクソみたいな恥ずかしい人生に抵抗する術を知らない。

幸せになるのさ 誰も知らない 
知らないやり方で

曲がだんだんとフィードバックしていく。
小さな恋のメロディが終わった。

自転車をいつもの駐輪場に停めてイヤホンを外し、肩にトートバッグを掛けて歩いてサンロード商店街に向かう。

さぁ、もうすぐ俺のステージだ。

俺の名前はパンク。
ギターと散文詩
この本を作った時から始まった手売りの人生、この本に与えてもらった誇り高き二束三文の美しき日々。
フリーターで生活費を稼ぎ、芸術で人間の魂に情熱を呼び起こす男。
人間だ。

♡♡♡♡♡♡♡

「お願いします。」
「お願いします。」
冬の夜のサンロードのアーケード内。
ただ、ひたすらにチラシを配る。
それしか出来ないし、それしか方法を知らない。

"SNSを活用して自分の作ったものを沢山売る方法。"
"元手ゼロでラクして稼ぐ方法"

俺のスマホに入ってくるクソのような広告の一文。
YouTubeの広告、SNSの広告、CM、インフルエンサー。
うるせーよ。
黙っとれバカ。
これ以上魂腐らせてたまるかよ。

ただ、懸命にチラシを配る。
無心になれる瞬間を目指して。

どんな過去があったって、どんな今を生きていたって、どんな時代に生まれていたって、自分を肯定するためには自分との約束を守るしかない。
今、この瞬間を一生懸命に生きる。
人から見たらどんな小さな事だとしても、一つの行動に自分自身を賭けていくしかない。
自分を肯定するのはいつだって自分次第。
人生の本質とは己の主観である。
自分の感じ方、見方で薔薇色にも灰色に変える事が出来る。
心から自分の人生を薔薇色だと感じる為には、自分の人生を最高だったと思う為には
自分のやれる事を一生懸命やるしかない。
それをこの路上に教わった。
ギターと散文詩という自分の本を通じて買ってくれた人達が俺に教えてくれた。

俺の名前はパンク。
この否定だらけのシラけた時代に
希望という信念を胸に
芸術という武器で
肯定という名の反逆の精神を叫ぶ
我は人間を目指すものなり。

さっきの場所では結構配れた。
ただいま21時20分、いつもの場所シュープラザ前。
この時間からコロナの影響もあってか少しずつ人がまばらになっていく。

「宜しくお願いします」
外の外気に触れてだんだん手がかじかんでくる。
手に持っているギターと散文詩のチラシの束が氷のように冷たく感じてくる。
かじかんだ手をカイロで温めながらチラシを配る。
人の反応も冷たい。
まるで、学校の自習時間に自分1人でウケを狙って教室でドすべりしているような感じ。

へっ、みんな、歩きスマホに夢中だ。

たまにくじけそうになる。

いいか
どんな下積み、自分に降りかかる嫌な事
全部、種蒔きだ。
今、どんだけ惨めでも種蒔きだと思えば耐えれる。
種を蒔かなければ花は咲かない
たとえ、咲いた花がどんな徒花だろうが
花は花だ。
花であることには変わりない。
咲いた花は
人の心を優しくするし、人の心を癒すだろう。
そうやって、現実に負けないように己を鼓舞する。
何度も心の中でそう自分に語りかける。

チラシを配っていて大体思うのは、美人やキチンと背広を着ている人程、金を持ってそうな人や奇抜なオシャレをしている人ほど、寒い一瞥を投げかけてきたり、ガン無視されたりする。
皆、スマホを見ながら私に関わらないでくれと言わんばかりだ。

しかし、チラシを配って身体が温かくなってくるとそれにももう動じなくなってくる。
チラシを配ってそんな心境になる事がある。
その瞬間がなんとなく心地いい。
はいはい、イタイ奴で結構。
こんな事をしている俺が狂っているんだ。

このチラシを配るという行為は20代前半の頃、東京で自分を居候させてくれたバンドマンの自分の親代わりのような人に教えてもらった。
気が付いたら、自分から何かをやるという事、自分を知ってもらうということ、自分のしている事を知ってもらうということはまず道に立って、チラシを配るという事だと俺は思っている。

チラシを配るという行為は10何年やっている。
写真家を目指して上京してきた。
出版社から自分の本を出したいと夢見ていた。
アシスタントも経験した。
弟子入りもした。
しかし、いつも半端に逃げ出してクビや中退を繰り返した。
挫折につぐ挫折と逃避につぐ逃避。
それで結局、自分が覚えている事、大切にしていることはアシスタントを中退して居候させてくれたバンドマンの東京での親代わりのような人が教えてくれたチラシを配るという事。
この事が若い時に貰った俺の財産の一つだ。
自分の人生にとって本当に大切なことは20代のころロックバンドがバンドマンが身をもって教えてくれた。

愚直に一つの事をやり続ける事で、初めて何かが少し変わる。
その少し変わった事を心から大切に出来るか、どうか。
その少し変わった事を素直に喜べるどうか。
人生にとって本当に大切なことはそれだけなのかもしれない。

人間、言い訳と愚痴と不満と仲良くしてしまうと動けなくなってしまう。
自分の人生の不甲斐なさを人や社会、国のせいにして、酒を飲んで、エロ動画を見て無駄にオナニーして、なんとなく寂しいからそんな好きでもないなんとなく気の合う奴とつるんで愚痴を言い合って、独りぼっちを怖がったままスマホを抱っこして死んでいくだけ。
きっと、そんな人生死ぬ前に悔し涙も流れないだろう。
そいつがどんなに素晴らしい才能や可能性を持っていたとしてもだ。

だから、外が寒い時、人に一瞥を投げられている時ほど、一生懸命チラシを配る。
そうやって、弱い自分と来るかもしれない自分のクソみたいな未来に打ち勝つために、チラシを配る。
自分の未来が少しでも明るく、自分という男が少しでも今よりはマシな人間になれるように。
そして、この思いがきっと誰かに届くと信じて。
このチラシと指先に全身全霊の思いを込める。
無理矢理にでも。
そんな無理矢理がいつの間にか自分の中で本気になっていたりするから。

「ありがとうございまーす。お兄さん頑張って下さい。」

チラシをもらってくれた人がこんな温かい言葉を掛けてくれることがある。
冬は特にそうだ。
一瞥を投げられてきた分、無視されてきたり、寒い事を言われてきた分、こんな言葉が心に染みる。
寒ければ寒い程、ハートは熱く燃える。

「うぉー、やったるわい。現実がナンボなもんじゃい。」

これが、芸術の醍醐味だ。
路上で本を売るという行為の最大の魅力だ。
そんな、見知らぬ人の温かい言葉が俺を救ってくれる。
そして、俺を少しでも今よりマシな人間になろうと思わせてくれる。

「蒔田パンクのギターと散文詩だって、ダッサ。」
そう聞こえるように言っていく酔っ払いの集団もいるし、
「ありがとう。」
と言って、貰ってくれたチラシを目の前で丸めて捨てられたこともあった。

この路上でガキにも沢山笑われてきた。

スカした女にすれ違い様にキモいとも散々言われてきた。
その度に俺は心の中でうるせーブスと言い続けてきた。
俺の本を買わない女、チラシを貰わない女はどんなにオシャレでも、造形学的に美人でも、ブスだ。
ブスとしか有り得ない。
ブスとは恐らく見た目のことではない。
女特有の良くない所の集合体、そんな女の持つ、女特有の腐敗した醜き精神性の事を、女の唯一の愚かさの本質をブスと人は呼ぶんだと思う。
男にとってのセコいと同義語である。

女は顔ではない。
やはり情と優しさと愛嬌である。
それらを持っている女が天使である。
そして、天使は実際にいるのだ。
天使のような女の優しさと愛嬌に触れて男は強くなろうとするのだ。

話がやたら脱線したが
しかし、そんな扱いを受ける事がそんな扱いを受けた事が俺にとっての芸術家の証なのだ。
汚い侮辱受けることこそ、芸術家にとっては勲章なのだ。
だって、考えてもみてほしい主人公が初めから最強で恵まれている映画に胸を熱くする人はいないんじゃないか。
嫌な事をされたり、馬鹿にされても立ち上がる主人公を見て、感動するんだろ。
主人公がダメなりに葛藤したり、工夫したりするから、努力したり、挑戦したりするから映画は盛り上がるんじゃないか。
それは人生もきっと同じだ。
きっと、誰にとっても自分の人生こそ最高の映画だ。
そして、その事実は絶対に揺るがない。

そして、そんなクソみたいな嫌な思いを沢山するからこそ、人の優しさが心に沁みるのだ。
そして、そんな人の優しさや温かさが俺の胸を熱くしてくれる。
そんな日々を一つ一つ重ねていけば、今より少しはマシな人間になれるかもしれない。

あぁ、俺の魂よ。
骸になってしまった俺の魂よ。
もう、一度ロックンロールの旋律の中を踊るギターのように火花を散らせておくれ。

40前、独身、フリーター、都内ワンルーム、月収15万円前後、バイト掛け持ち、そんな現実の中で己自身が縮こまって、大切な事もこの人生で歳とって沢山失くしてきたし、自分の魂も何度となく腐らせてきた。
しかし、このギターと散文詩という本に書いた自分の言葉はまだ忘れてないつもりだ。
たとえ、忘れてもこの本が何度だって思い出させてくれる。
まだ、俺の魂は死んでない。
まだ、俺の魂は冷めてない。
40歳目前で無名のまま路上でチラシ配ってんだから、世間の大人な顔した皆様よ。
現実がナンボのもんじゃい。
俺はまだまだ希望に賭けてるよ。

俺はもう一度
そう、たった一度でいいんだ
俺の魂が燃えているのを感じたい
もう一度、この命を力一杯輝かせたいのだ

時刻は22時40分、人もかなり少なくなってきたサンロード商店街。
「宜しくお願いします。」
だんだんと集中力も切れてきた。
23時まであと20分。
いつもは2時間で辞めるのだが、今日はチラシを結構貰ってもらえたので、少し気分が良くていつもより長く配っている。

「宜しくお願いします。」
「ありがとうございます。これ、なんですか?
ライブやるんですか?」
「あっ、いや、自分本作って売っててそれのフライヤーです。」
「へーぇ、そうなんすか。」
「見てもいいすか。」
「ありがとうございます。是非是非。」
若い二人組の男の子の一人にチラシを渡すと、もう一人の若い男の子が本に興味を持ってくれた。
2人とも今時の小綺麗なラッパーのような格好している。
「ギターと散文詩。お兄さん、ギター弾かないんですか?」
「あっ、それ良く言われるんですけど、弾かないんですよ。タイトルがタイトルなんで。紛らわしくてすいません。」
「じゃあ、お兄さんは何をやってるんですか?」
「元々は写真をやってて、今、こうやって写真と文章で作った本をこういう路上で売ってて、普段はスーパーでバイトしながら生計を立ててます。」
「お兄さん、バカ熱いっすねー。」
「ありがとうございます。」
「この本ってどんな本なんですか」
もう一人の若者が本をめくりながら、聞いてくる。
「うーん、書いた自分が説明出来なくて申し訳ないんですが、デタラメな本を作ってやろうと思って、好きな写真と書きたい文章を書いて好き勝手に作ったら自分でも説明出来ないものが出来てしまって、だから、この本を見てもらって見てもらった方の好きなように解釈してもらってます。」
「へーぇ、なんか面白いっすね。」
「この写真のギターって誰のギターなんですか?」
「自分が大好きで東京でお世話になっているバンドやってる先輩のギターです。」
「カッコイイギターですね。」
「ありがとうございます。」
「つうか、この本新しくね?」
「新しいね。買って帰ろうか。」
「イイね。あっでも、俺金ないや。」
「あっ、俺持ってるよ。」
「お兄さん、この本ください。」
「いいんですか?ありがとうございます。」
「お前、うち帰ったら先に読ませろよ。
俺、金出したんだから。」
「イイよ。でも、早く読み終われよな。
俺がみつけたんだからよ」
二人は一緒に暮らしているみたいだった。
なんとなく、見ていて微笑ましく思えた。

1500円を受け取って、シュリンクで包装された新品のギターと散文詩を封筒に入れて渡す。

「お買い上げありがとうございます。」

深く頭を下げる。

そう、この瞬間である。
本が売れたこの瞬間こそ、俺の人生最大の歓びである。
これは、セックスで味わう射精やパチンコの大当たりの連荘の快楽なんて軽々と超えてしまう。
この、歓びの為に、この瞬間の為に生きてる。
多分、俺はこの瞬間の為にただ生かされてると言っても過言ではない。

「本買ってくれた人の写真撮らせてもらってるんだけど、写真撮ってもいいですか?」

「えーっ、いいんすか?」
「やったー、撮ってもらおうぜ」

アーケードを背景にカメラを構えてシャッターを押す。
デジカメのディスプレイには屈託のない、イイ笑顔をしている2人が写っている。
どんな時代でも、若者の目にははちきれんばかりの情熱と純粋さが溢れている。
不安と自信、情熱と希望。
若いと言う事は素晴らしい。
これは本当に何事にも代え難い事だ。

「ありがとうね。」
「蒔田さん、またこの辺通った時は声を掛けてもイイですか?」
「もちろん、もちろん。ありがとう。」
「蒔田さん、寒い中、お疲れ様です。頑張って下さい。」
「ありがとう。君らも風邪引かないようにね。」
軽く3人で抱擁しあって別れた。

人は何のために生きるのか、働くのか、きっとこの瞬間の為だ。
どんなに日常がクソでも現実が苦しくてもこの瞬間に全てを肯定できる。

俺の名前はパンク。
本が与えてくれた歓びを噛み締め、人の優しさの中で愛を信じる男。

こんな瞬間の為にこれからも生きる。

はっきり言ってこの暮らしお金は儲からない。
そんな事知ったことか。
しかし、この稼業で俺は金より大きいものを得ている。

ガキの頃、芸術家って好きな事をやってお金が稼げるなんてチョロそうだな。
と思っていた。
それで、芸術を志したところもあった。

しかし、違うのだ。
手塚治虫のばるぼらでは
芸術とは本来貧しいもの。
と語られていた。
手塚治虫本人も漫画で稼いだお金を全てアニメーションにつぎ込んでいた。
岡本太郎も自分の絵や作品でお金は取らず、講演会や本の執筆でお金を稼ぎ、稼いだお金を絵や作品の製作費につぎ込んでいた。
本当に彼らは金銭的に豊かな暮らしをしていたのか、冷静に考えれば疑問だ。

俺にはほとんど金がない。稼いでも服を買ったり、酒を飲んだり、はたまた、酒を奢ったりして活動費としてすぐになくなる。
不安定な生活、結婚も出来ていない、独りぼっちの未来を考えるとふと恐ろしくなることもある。
だからといってこれを辞めて、今更、普通に就職して、別になんの思いもない女性と世間体を気にするということのみで結婚して、子供を作って育てて、俺の人生は楽になれるんだろうか。
そして、楽なことは本当に素晴らしいことなのだろうか。

そうは思えない。

これがあるからこんな俺でもバイトをしながら世間様に笑われながらも現実を茶化しながら生きていけるのだ。
これがあるから生きていけるのではない。
これに生かしてもらっているだけ。
良くも悪くも、俺の命なんてそんなものだ。
この本を作ったから出会えた人もいるし、この本を作ったから少しだけマシになれた自分がいる。
この本が生きる力を与えてくれた事もある。
だから、一日一日をこの本と共に懸命に生きて死ねばいい。

こんな愛しい日々を重ねて死ぬ瞬間に自分の人生が肯定出来ればいい。
それがダメならせめて死ぬ瞬間に悔し涙が流せればイイ。
願いがあった人生は人生を生きた本人にとってきっと素晴らしいはずだ。

俺の名前はパンク
再生と肯定を己の信条にし
来週もまた路上でチラシを配り
本を売る者なり。





牧野晋三