「秋月祐一とけんごの短歌ワークショップ〜はじめての短歌〜 第四回」秋月祐一

2023年03月01日

けんごさん、こんにちは。秋月祐一です。

【原作】覗き穴の向こうの雨粒を
    扉を開けて見ることもなく

       ↓
【推敲案】覗き穴の向こうの雨粒感じてる扉を開けて見ることもなく

という推敲案を気に入っていただけて、うれしく思います。

両者の比較のなかで、けんごさんがお書きの、

>「感じてる」が入った事で
>感じてる人が歌の中に登場した!

という気づきがすばらしいです。

岡井隆さんという現代短歌を代表する歌人が、
こんなことを言っています。

 短歌における<私性>というのは、
 作品の背後に一人の人の――
 そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということです。
 (岡井隆『現代短歌入門』)

「私性」は「しせい」とか「わたくしせい」と読む短歌の専門用語ですが、
要は、一首の背後にたったひとりの顔が見えるものが短歌である、
と岡井さんは定義したわけです。

そのことに、けんごさんはたった一首を書いただけで気づいておられる。
じつにするどいと思います。

もう一点の、けんごさんの気づき、

>推敲された方は時間と場面が切り取られていて
>その時の感じを聞かされている
>って感じが
>その時を見ているに変わったと思いました。

というのも、短歌の重要なポイントです。
短歌という三十一文字の短い詩型は、
一瞬の情景や感情を切りとるのが得意なのです。

上記のことをふまえた上で、
けんごさんの投稿作品を見ていきましょう。

【原作】色鉛筆はじめて使ったその時に世界が全部描けると思った

子どもの頃、はじめて色鉛筆を使ったときの感動を、
素直に表現できている歌だと思います。

   *

いきなり推敲に入る前に、色鉛筆を題材にした短歌を見てみましょうか。

【例歌1】
 草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり
 (北原白秋『桐の花』)

草のみどりと、色鉛筆の赤の、色の対比があざやかですね。

【例歌2】
 白黒写真で色えんぴつを撮つてみる赤はなぜだか赤だとわかる
 (秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』)

ルビ 白黒写真=モノクロ

こちらは、ぼくの歌ですが、
白黒写真を撮るというトリッキーな手法でもって、
逆に赤鉛筆を印象づけようとしています。

   *

さて、あらためて、けんごさんの作品です。

【原作】色鉛筆はじめて使ったその時に世界が全部描けると思った

>作品の中の時間が長いので
>もっとその瞬間を切り取りたい!

とのリクエストをいただいてるので、
そのご意向に沿って、推敲していきましょう。

「作品の中の時間が長い」というのは、
「その時に」や「思った」などの語がそう感じさせるかもしれません。これを削って、

【推敲過程1】色鉛筆はじめて使った(5音)世界が全部描けると(3音)

「色鉛筆」は「の」を補って、
「色鉛筆の」とした方がつながりがよくなります。

【推敲過程2】色鉛筆のはじめて使った(5音)世界が全部描けると(3音)

最後の3音を前に持ってきて「これで世界が全部描けると」

【推敲過程3】色鉛筆のはじめて使った(5音)これで世界が全部描けると

真ん中の5音のところに「色たちよ」と入れてみます。

【推敲過程4】色鉛筆のはじめて使った色たちよこれで世界が全部描けると

「はじめて使った」は7音であるべきところが8音になっているので、
ちょっともたついた感じがしませんか?

【推敲過程5】色鉛筆のはじめて使う色たちよこれで世界が全部描けると

ここで原作と改作案を比較してみましょう。

【原 作】色鉛筆はじめて使ったその時に世界が全部描けると思った

【改作案1】色鉛筆のはじめて使う色たちよこれで世界が全部描けると

歌の滞空時間はだいぶ短くなったのではないでしょうか。

   *

これで完成としてもよいのですが、
「色たちよ」という言葉が具体性に欠けるきらいがあります。
そこで、たとえば、色鉛筆の具体的な色の名を入れてみる手もあります。

ここまで改作してしまうと、推敲の域を超えてしまうので、参考例といたしますが、

【参考例】色鉛筆の緑はなぜかビリジアンこれで地球を描いてみようか

けんごさん、いかがでしょうか?