「4月の畑の生き物たち」へちまひょうたん

2022年04月28日

へそをアブに刺された。ここ2、3日ずっと痒い。日中暑くなってきたので長袖Tシャツ1枚で農作業することも増えてきたが、畑ではTシャツの裾をズボンの中に仕舞っておくべきだった。油断していた。これから夏にかけて、畑はアブだらけになる。恐ろしいスズメバチも、これからしばしば飛んでくるだろう。

この前は自分の畑ではじめてヘビに出くわした。ヤマカガシという小型の毒ヘビだ。トカゲはそこらじゅうにいるが、ヘビは珍しい。昔からヘビを見つけるとなぜか嬉しい気持ちになる。突然の出会いに驚いて身を翻したそのヤマカガシは、とっさに近くの太い草に咬みついて、しばらく放さなかった。敵と間違えたのだろうが、これが自分の足だったらと思うと恐ろしい。こんなにもじっくりと咬みつかれるのか、うへぇ。

モグラも畑で初めてその姿を見た。いつも綺麗に畝を立てて丹念に種を播いても、次に畑に行ったときには大抵モグラに穴ぼこだらけにされている。まあ今のところ作物の生育に致命的なダメージがあるわけではないので放っといているが、これまでその姿を見たことはなかった。カサコソと音がするときは大抵トカゲだが、今回は2匹のモグラのふわふわしたお尻が、落ち葉を掻きわけてすばしっこく地中に潜っていく瞬間だった。心がときめいた。昔から珍しい生き物が好きだ。子どもの頃実家で餌をやっていた野良猫が、時々お礼にとどこかで捕まえてきたモグラの死骸を玄関先に置いていってくれたが、その奇妙なでかい前足にやはり幼い心はときめいた。あの時のまんまだ。

一日中、四方八方から絶えずウグイスのさえずりがきこえる。3月のはじめはぎこちない鳴き方だったが、今では全員がプロ級の歌声だ。
ウグイスにもどうやら方言があるらしく、この谷には通常の「ほ―――ほけきょ」と鳴く個体はいない。最近耳コピしてわかったのが、この谷できこえてくるさえずりは必ず次の2パターンのうちのどちらかであるということだ。

 一、ふ―――――――――、ふりふりちょぴりょん!
 二、ほ――ほほほほ、ぴよちょ。

時折さえずりとは別に、けたたましく「ぴろろろろろ、ぴっきょっけっぴっきょっけっ」と鳴くのもきこえる。これはウグイスの「谷渡り」とよばれる鳴き方で、警戒時に発するのだそうだ。
こんな長閑な谷で、何に警戒しているのか知らないが。

 籾殻がぱんぱんに詰まった肥料袋を持ち上げると、裏に張り付いていた巨大なムカデがびっくりしてあたふたと草むらへ逃げ込んでゆく。背の高いススキに産みつけられたカマキリの卵が冬を越し、孵化の瞬間を待っている。4月に入り暖かくなってくると、あちこちでいろんなカエルが鳴きはじめる。畑の隣の共同水田ではシュレーゲルアオガエルの卵を初めて見た。
一緒に作業した子どもたちがでかい泡の塊を見つけ、たまたま参加していた小学校の理科の先生がカエルの卵であることを教えてくれた。この谷を毛細血管のように駆け巡る水が、とてもきれいである証拠だ。ムカデもカエルもカマキリも、そしてアブもスズメバチもヘビもトカゲも、野菜を食い荒らす虫が増えすぎないように捕食してくれる、重要な共同栽培者だ。
野菜を食い荒らす虫だって、人間が食べても美味しくないような弱った葉から順に食べていくので、けっして悪者とは言えない。食べることで植物の生育を助けている側面もある。まああまりにも食害がひどい時には虫どもをつまみ出して近くの小川にぶちこんでしまうのだけども。

この小さな畑では、地中深くから地上、天空に至るまで、ありとあらゆる生と死が緊密に織り上げられ、めまぐるしく循環を繰り返している。その光景に湿っぽさは全くなく、驚くほど皆あっけらかんとしている。

環境破壊などと言うがそこで言われている環境とは人間にとって都合の良い環境であり、人間は自分の首を自分で絞めているにすぎない。人間がどれだけ困ったところで、植物は気候に合わせて分布を変え、枯れるものは枯れ、蔓延るものは蔓延り、虫や動物たちもそれに合わせて移動し、死にゆくものたちはその身体を微生物たちが分解して大地に還してくれるのに任せる。人間だけが死を恐れている。