いっしゅうかん―金曜日の偶(たま)たちへ 究極Q太郎
日曜日。市場へ出かけ
はしなかったが、
道端に
皿や本や雑貨が置かれて「ご自由にどうぞ」とあったので
球を貰った。
台座も軸もないが
小ぶりな地球儀と見えたものが
掌にとってよく見れば
くすんだ青い色の表面に書かれたクレーターや海の名から
月球儀だった。
インテリアの飾りにしよう。
月曜日。多摩川の河原に住む
知り合いのホームレスのおじさんのうちへ出かけた。
ペットとして飼っている兎たちが
繁殖し過ぎて総勢数十羽にふえてしまい
困ったことになっているらしい。
...「土手を掘られる」と役人らが
文句を言いにやって来る。
家の周りに兎が跳び出していかないよう
高い柵を自分で普請した。
(おじさんは以前鳶をしていたのだ)...
タマを貰ってきた。
彼が名付けた雄の白兎
名前ごと譲り受けた。
火曜日。タマの脇に月球儀を置き
写真を撮れば
「月と兎」という絵になるだろうと思い立つ。
いざその瞬間、予想外のことが起きた。
タマがとなりの球に飛びついて転がし始めたのだ。
前肢で球を抱えながら腰を振って押すと
つつかれた球が
コロコロ床を転がっていく。
その先へ跳ねていって
また同じことをする。
その時、ぶっぶっぶっぶっと唸る兎の声。
コロコロコロコロ
ぶっぶっぶっぶっ
のフーガ。
水曜日。ベランダにタマの居場所を作ってやると
一日そこで、球転がしに明け暮れている。
ボールで遊んでいるといかにも可愛らしく
戯れているように見えるが
それは番い相手に見立てた
疑似交尾のようである。
球を触ってみると
表面がしっとり濡れている。
木曜日。私が床の上に横になるときタマが身を寄せてきて丸く座り
耳を背中にぴったり寝かせる。
体を撫でてあげると
うっとりと瞼を閉じて
いつまでもそこにいる。
金曜日。偶々バーで隣り合わせた客から
穏やかならぬ話を聞いた。
アルファの大統領が
いまベータの主席との間に結ぼうとしている平和条約が、もし決裂した場合、
相手に核ミサイルを撃ち込むと
乱暴なことを言っており
それを伝え聞かされたオミクロン国首相が
翻意させるため必死で説得に努めているがどうにもならなく
憔悴し切っているらしい。
これには様々な関係者たちが動いて
そのような事態を避けるために努めているという。
万が一そんなことがあれば、ベータがアルファの同盟国である
我がオミクロンにも容赦なく報復攻撃をするのは明らかだ。
問題はその独断と粗忽で悪名高い大統領に
核ミサイルの発射ボタンを押す
権限が与えられてしまっているということ。
そう言って、隣席の客は溜め息をついた。
世はしゅうまつ'weekend'だ。
木曜日。
大宮発上り方面の電車に乗って
ドアの前に佇つと
高架鉄道の窓は見晴らしが良く
夕焼けのパノラマにくっきり
山なみが見える。
高い頂きは富士。
その稜線に
いましも陽が落ちかけているところだ。
みるみる沈んでいく。
夕映えが鮮やかになり
暗さをつのらせていく山影。
丁度、南与野駅に着いた時
完全に日が隠れたのだが、
その瞬間、空が
ひときわ耀いた。
それはこの世の物ならぬ妖しさで
玉手箱の蓋からこぼれるような
金色の光で
止まってよという念も空しく
時に押し流されるように
褪せていった。
金曜日。引っ越しの荷造り。
段ボールに月球儀を入れた。
表面がすべて錆で覆われている。
新しい家はペットが飼えない分安くて狭い。
「こいびとよ これがわたしの
いっしゅうかんのしごとです
テュラテュラテュラテュラテュラテュララ
テュラテュラテュラテュララ♪」