詩とことば(9)奥主榮

2022年07月27日

詩とことば(9)

第一章 顰蹙をかうようであるが(8)
 第二話 脅迫者(其の四)

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 「事件」を引き起こした深沢の作品に関して、また別の角度から考察してみよう。

 深沢の作品に激怒して、編集長の家を襲撃した実行犯は、かなり杜撰である。本来、襲撃の対象とすべき相手である、深沢ではなく、作品を掲載しただけの編集長の家を襲い、居合わせたハウスキーパーを殺しただけで終わる。(殺された方の身内にとっては、たまったものではない。)
僕は、正直に書いてしまえば、そうした結果から、「真情からの行為」というものに対する滑稽さというものを感じるのである。
 深沢の書いたエッセイに、こんな内容のものがあるという。(僕はまだ未確認である。) 深沢は、皇室に民間の血族が入ることに対して反対したそうである。
 平成天皇(現上皇)が皇太子時代に、民間人の女性を妻として迎えたとき、深沢はこんな内容のエッセイを書いたそうである。
 近親婚をくり返して来た日本の象徴の家系が、さらなる近親婚をくり返し続け、奇形の姿となっても日本の象徴として扱われる未来を見そびれた、と、
 ただ、深沢の発言には、大きな誤謬がある。都市伝説にも近い形で、近親相姦をくり返すと精神的肉体的障害者が生まれるというのは、偏見に過ぎない。近親相姦では、それほど大きな、さまざまな肉体的・精神的欠損は生じない。生じるのはせいぜい、高校の生物学の授業で習う、鎌形赤血球程度のものであり、けして山野一のパンゲアのような世界は生まれない。今度の皇太子さんは「ころぺた」でした、ということは、まずありえないのである。ただ、深沢は一庶民として、そうした発想を面白がっていたのだろうが。

 誤謬は、遺伝学に関する深沢の偏見のみである。家系に固執することのおぞましさ。特定の家柄に代表される理不尽な価値をへらへらと受け入れる浅ましい国民性。それは、差別を前提として社会制度を成り立たせながら、そのことを可視化させなかった社会への疑問の投げかけである。

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 誰かが、自分の生まれ育った社会での価値観に束縛される状態。その価値観を信じている人達にとっては、それを拒む相手は、排除すべき対象となる。

 そんな社会への異議申し立てを、僕は深沢作品から感じるのである。

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 深沢には、四編の長編小説がある。
 一篇は、「千秋楽」という作品である。本業であるギタリストという職業で、日劇の舞台に関わっていた経緯から描かれている。
 とても面白い作品である。偶然、仕事にありつけた舞台役者がどんなふうに機会を生かしていくのか。生々しく活写されている。
 きれいごとの世界ではない。

 晩年の作品として、「盆栽老人とその周辺」という作品がある。「庶民列伝」という作品も、短編連作なので、かろうじて長編小説かもしれない。ただ、前にも触れたように、深沢作品は、小説なのかエッセイなのかが微妙な作品も多い。ちくま書房から刊行された「深沢七郎集」も、この辺りでは苦慮して編集したようである。
 一例を挙げれば、この「庶民列伝」。前書きは完全にエッセイである。ただ、その後に続く本編と一体となっているので小説と一緒に収録されている。
むしろ、「深沢七郎集」が出された後で刊行された様々な作家の全集のように、ジャンルに拘りなく年代順の収録といったスタイルの方がふさわしかったのかもしれない。

 閑話休題。

 深沢の、あとの二篇の長編小説は、「笛吹川」、「甲州子守唄」という。どちらも、深沢の出身地である石和での庶民の生活を描いている。
 前者は、戦国時代に武田家に利用された家系を描いている。いや、美しい言辞でまとめれば武田家に「仕えた」家系の話となるのであろう。しかし、そんな滅私奉公的な記述はなされない。
戦争に行って手柄を立て良い思いをできる。そうした思い込みで、武田家に使われる一家族。けれど、その一人ひとりは内心、武田家に仕えることに冷ややかな感想を抱いている。御屋形様のおかげで、代々ひどい目にばかり遭ってきたと。
 しかし、終盤、突然勃発する悲劇的な戦争の昂揚感によって、本来損得勘定で戦になど巻き込まれたくなかった家族も、積極的に戦乱に巻き込まれ、意味もなく死んでいく。

 戦争の悲惨さを描いた作品は数多いが、戦争のもたらす昂揚感の異常さを描いた作品というのは、それほど多くない。
 英雄的な行為を賛美する方々もおられる一方で、軽率な振る舞いを冷ややかに見つめる方々もおられる。冷笑的なものではない。
 むしろ、賛美されるものがいる影で、どのような存在が見過ごされてきたのかを浮き彫りにするように、この物語は描かれる。そんな作品もある。淡々と人が死に、歴史の大きな流れの中ではそれらが顧みられることもないけれど、一つひとつの死に触れた小さな存在は理不尽な思いを味わう。
 けれども、最後には戦争のもたらす昂揚感の中で、意味のない死に方に酔いしれる方々も生まれる。
 「笛吹川」というのは、僕にとっては、そんな小説であった。
 「甲州子守唄」は、明治から昭和にかけての一家族を描いている。
 アメリカに出稼ぎに行くということが金を貯めることであるという価値観の時代の、一生活を描く。
 この作品に登場する人々の中で、アメリカにいたことなどは日米開戦の後もマイナスなイメージにはならない。単に、「日本は戦争に勝つだろう」と口にするアメリカ帰りの人の評価が、地域では上がるだけである。
 多くの、戦中の記述が描くような、兵隊検査で甲種合格になった人の評価は高く、不合格になった人の評価は低いといった類型化もない。
 不合格になった人間は、淡々と銭稼ぎをする世界が描かれるだけである。世界は、利害関係だけで成立していて、作中では殺人犯でさえ最後まで罪が発覚しなかったということが描かれる。
 どこまでも、即物的な利害関係の価値観に支配された世界である。例えば、兵役検査に不合格となった三島由紀夫の劣等感などとはほど遠い。そんなことに劣等感を抱く、硬直した価値観を哄笑しているようでもある。

 例えば、日の丸というアイコンは、明治維新以前にはそれほど一般的なものではなかった。多分、旭日旗はさらにであろう。
 明治維新の時期の資料を読んでいて、「日の丸の旗を準備するように」というお達しに対して、緑の地に赤い丸を描いた旗を持った人々が訪れたという記述に出会ったことがある。日の丸という象徴は、かつてはその程度の存在であったのである。

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 深沢の、確立された権威に対する意識というものは、ここに露わにされている。
 生活者というものは、利用可能であれば利用するが、役立たずになれば放り出す。権威などは敬わずに、ただ利己的に行動する生き方である。

 是非は別として、役に立たないものは放り出すという価値観の怖さを、当たり前のもののように描くのが、深沢七郎という作家なのである。
 しかもここまでに詳述してきたように、作家としての技術は、極めて巧みなものである。

 読者の逆鱗に触れるような描写を、確信していたかのように行うことは、容易い。

 深沢は、おそらく作家としての根源的なあり方として、皇室というものの権威を剥ぎ取る小説を描かざるをえなかった。

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 それは多分、深沢が根本的に抱いていた作家としての資質なのである。
 戦後の荒廃から立ち直ったと呼ばれた時代。浮かれた社会情勢の中で、「楢山節考」という小説を書き、社会が葬り去ることで安楽な生活を送る基盤を設けることへの警鐘を鳴らし、検証抜きで猛進し続ける国民の象徴という存在の怪しさを描き出した散文書き。

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 現在、深沢の「風流夢譚」について書かれた文章をネットで検索すると、おそらくこの一作品しか読んだことがないであろう方からの「愚作」という断言を読むことができる。
 これは、実は深沢の「風流夢譚」と、大江健三郎の「続セブンティーン」を復刻した、「紙の風船」なる雑誌にも共通している。こちらの雑誌、一応「反権力」のスタイルは保とうとしているが、当時としても性的少数者差別の、浅ましい視点で臆面もなくへらへらした記事を掲載する「卑しい」編集者が出している、くだらない雑誌に過ぎなかった。
 ただし、読めない作品を活字という形で再刊したことには意味があったと思うのだけれど。

2022年 6月 27日 







奥主榮