「ロックンローラー宇田川」馬野ミキ

2026年04月29日


護国寺に面接に行き
養生・クリーニングの仕事を得た
マンションの一室には老人と老婆がいて
部屋には建築資材などは何もなく
老人と老婆の動きはほとんど止まってしまいしそうな程のスローモーションで
自己紹介をしてお茶を飲んでいたら
面接に受かっていた

T社長はアフリカやアラブへの中古車の輸出で失敗し
この事業を立ち上げたそうである
養生・クリーニングとはつまり、マンションなどの建築物を施主に引き渡す前に何もかもを綺麗にする清掃のエキスパートだと思ってもらえればいい
養生というのはすでに完成している部分を他の作業工程によって傷つかぬように保護する仕事で
養生・クリーニングは建築ヒエラルキーのなかでもっとも底辺に属した
ほとんど十人もいない会社であったが
恵まれていたのは、例えば新人をいじめるような悪さをするような人間が誰一人いなくて
まるで性善説にそって会社がまわったということだった

景気がよかった時には毎夜仕事終わりに社長のおごりで居酒屋で飲み
少し景気が悪くなると池袋駅前公園で集まって飲んだ
この公園にはたくさんの猫や
これからの予定がまったくないおっさんなどが発泡酒などを飲んでうなだれており
俺たちはイカを殺して乾燥させたものをちぎっては放り、猫たちを呼んだりした

T社長の片腕である宇田川さんは
バランスの崩れた人間であった
フィリピンパブ通いの借金で戸籍を売り、ヤクザの養子になり宇田川という苗字を名乗っていた
警察に怪しまれない為にパトカーとすれ違う時には帽子を脱いで会釈をするというなぞの習慣を持っており
「マノさん こういうふうに挨拶すればいいんですよ」
と、きらきらした瞳で教えてくれてたので「そうすね」と言って笑ったりした

宇田川さんは基本的にはとてもやさしかった

宇田川さんは何もかもから逃亡していたので、現場近くの漫画喫茶に宿泊し
誰よりも早く現場についていて
毎日同じ服を着て、笑顔で俺を迎えた
川越の現場で
川越には小江戸という駅もあると言って聞かないので、小江戸というのは駅名ではなく列車の名前ですと言ったら
満面の笑顔で「マノさん そうじゃないんですよーーwwww」
というので、最終的に「そうかもっすね」と言って折れた

川越の現場の帰り道にオールディーズか何かを踊れるバーがあり
よごれた作業着で一度入店を断られた宇田川さんは
数日後、金をためて
皮ジャンと皮パンツの上下をそろえて
そのバーに入っていった

その後、戸田公園の現場を任された俺は
仕事をしたり、仕事をしたふりをしたり、非常階段で携帯のグラビアアイドルの画像などを見つめりたりしていて
この会社は次の年に潰れた。








馬野ミキ





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