「性の目覚め」高木弥生

2022年06月14日

 私は、八人姉妹の長女として育ちました。これから話すことはまだ、妹がひとりしかいなかったときのことだと思います。
 私はある日母に、私にもおちんちんがあるよ、といいました。確か、妹も、私もあるよといいました。
 バカバカしい話なんですが、子どもの時自分のお小水が出るところを見て、そのうちこれが大きくなるぞと考えていたのです。男の子が兄弟にいなかったのできっとそんな妄想にかられたんでしょう。母は、最初は何でもないという顔をしていたように思います。
 後で父に向かって、私は得意げに言いました。私にも、おちんちんがあるんだよ、ねえ、とかなんとか。父の態度は覚えていません。しばらく黙っていた母が、ボソリと小さな声で、ないよと言いました。その、厳かな、ないよという言葉に、私の楽しい妄想は壊されました。私って、男の子になれないんだ、大きくなんないんだ、おちんちんないんだ、がーん、
 今は女の子かもしれないけれど、そのうちおちんちんが大きくなって、男の子になる、という考えはもろくも崩れ去りました。大変残念に思いました。

 魔女っ子メグちゃんという、子供番組がありました。オープニングの歌の歌詞にこういう言葉が出てきます。「二つの胸のふくらみは 何でもできる証拠なの お化粧なんかはしなくても あなたは私にもう夢中 真珠の涙を浮かべたら 男の子なあんて イチコロよ」。これには子どもながら驚きました。胸が大きければ、男の子が言うことを聞いてくれるということなのかな、と思い、そんなに都合よくできてないよと思いました。だいたい、まだ、おっぱい大きくないし......。当時、複雑な気持ちで、この番組を見ていたと思います。
 なんなんでしょうね、面白かったんですけど、キューティーハニーとか。変身シーンはほとんどヌードになっちゃうし。見てましたけど、恥ずかしくて、直視できなかったです。その頃かなあ、私もこの平らな胸が大きくなるんだなあ、と考えるようになったのは。

 小学生の三年か、四年の頃だったと思います。家の中で、春本を見つけました。エロ本と言うより、春本に近いんじゃないかと思います。その頃、引っ越したばかりで、つげ義春の「赤い花」、「ねじ式」とかが入った文庫本や、「指導力」だとか、「人を動かす」だとか、そんな感じの本が、その家に残されていたんです。春本も、それで家にあったんじゃないかと思いますが、はっきりわかりません。父のものだったかもしれません。押し入れで見つけて、何気なく開いてしまいました。びっくりしました。着物姿の日本髪の女の人が、外からやってきた、やはり着物の男の人に襲われているのです。わからない言葉が多くて、なんでそんなことになっているのか、理解できません。江戸時代かなんか、古い日本の設定でした。言葉が、筆文字で書かれていたような気がします。見てはいけないものを見たぞ、と思いました。とてもドキドキしました。

 中学生のときに、父に、神田の神保町に連れて行ってもらいました。漫画ばかり買い漁って、後で父に叱られました。父は、中国の本の専門店に行っていました。金瓶梅を買っていました。熱心に難しい本を読んでいるなあ、と思っていましたが、進学してから、金瓶梅がどんな本なのか知りました。

 やはり中学生のときです。二段ベットの上で、夜、毛布にぐるぐる巻になっていました。初夏だったと思います。眠れないで起きていました。真っ暗でした。その日は、体がだるくて、毛布をはぐと風邪をひくと思っていました。汗だらけでした。特に体を刺激してはいなかったと思います。突然、強烈な快感を感じました。今考えると足をピッタリくっつけて、力を入れていたように思います。あまりのことに、これが性的快感なのかと考えると、難しい気持ちになりました。とらえることがむつかしく、どうにかこうにか、同じ状態になれないかと思いましたが、いくら毛布にぐるぐる巻になってみても、ただ汗をかくだけでした。

 こんなもんでしょうか。これが性の目覚めだと思うんですが。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。







高木弥生