「晴天の詩学6ー「現代詩とは何かー答える」シーズン2 詩が発生する」平居謙

2023年03月01日


詩が発生する。
のは、どのような時か。


ずっと前に中国に旅をした。ある街角で誰かがカメラをごつん、と道に落とした。「早く拾わなきゃ!」と一緒に行ってたグループの女の子が慌てて言った。一瞬の間があって
みんな笑った。彼女は、食べ物を落とした時の〈3秒ルール〉と勘違いしたのだった。そのことが分かってみんなは大笑いし〈あ、これ食べ物じゃないから関係ないよネ、関係ないよネ、何秒とか!・・!〉と照れたように彼女は何度も周りに間違いの言い訳をした。


その話はそれで終わったし、旅先のちょっとした思い出(でさえなく)、切れ端のような形で記憶の引き出しの中に収められていたに過ぎない。しかしふと今、何年も経って〈カメラはなぜ大丈夫で、食べ物は3秒以内なのか〉〈3秒の間に、食べ物の表面に砂や埃が急速度に侵入するという事態が本当に起こるのだろうか。3秒と10秒とではどれほどの差異があるのだろうか〉〈逆にカメラの中に地面から何物かがじわじわと侵入して中身を爛れさせるようなことが本当にないとはいえるのだろうか〉というような問がぐるぐると渦巻く。


全ての問は、現実的には答えるに値しない。にもかかわらずあらためて心の中で騒ぐ何かがある。もしかしたらこれは途方もない詩への入り口ではないか、と。もちろんそれは錯覚であり妄想であることも多い。しかし立ち止まって耳を澄ませ眉間に皺を寄せた瞬間に。


遠いところから、詩が発生する。