連載:これも愛やろ、知らんけど ⑩Tinderで詩集を売った話 河野宏子
二十年来の友人が亡くなって、ひと月が過ぎた。周りの友人たちと同様わたしも相当参ってしまっていて、おまけに暑いし、暑いし、暑くて、暑いのに気が滅入りすぎたせいでお酒も飲めないほどで、さらに眠れず、精神はひたすらにどん底を這いつづけすり減り、被害妄想に陥りつつなんとか秋まで永らえた。
誰かと言葉をやりとりしていないと、胸の底からガフガフ湧いてくる悲しみに飲み込まれてしまいそうだった。周りは皆忙しいので、LINEやツイッタでいつでも誰かに構ってもらえはしない。そういう言い訳のもと、Tinderを使っていた。俗にいう出会い系アプリである(出会いは恋愛に限定されてはいない……とはいえ九割が恋愛の相手を探しているようには見える)。一応断っておくが、実際に見ず知らずの人と会うつもりはない。だってバックグラウンドを一切知らない人と会って食事や飲酒をするなんて、金品狙いで一服盛られそうで怖いじゃないか。まともに考えて。
知らない方のために説明をしておくと、Tinderというのはプロフィールを登録し、条件があう人を見つけるためのアプリで、最初に写真や名前を入れ、選択項目の中から趣味を選ぶ。「文学」「ポエム」があるのはわかるが、なぜか「ポエトリースラム」の項目があるのがとてもとても気になる。そしてどういう出会いを求めているか(気の合う友人を見つけたい、恋人がほしい、暇つぶし)などを登録して、提示される一人一人をアリナシで振り分けていく仕組みになっている。外国の人も多く、ざっと見たところ三割ぐらい。俗にいう国際ロマンス詐欺的なものがかなり混じっていると思われる。
南米からやってきたアレックスもロマンス詐欺のアカウントだろうかと最初は思った。マッチした途端、いきなり情熱フルスロットルみたいな文章を書き連ねてバンバン送ってくる。彫りの深い目鼻立ち、最終学歴はフランスの有名な料理学校、職業欄を見ると、「華道家」とある。いやぁ、なんか……できすぎてないか。エキゾチックな美男、特技は料理、職業は華道家。90年代のラブコメ映画か古いロマンス小説のようである。あぁそうかロマンス詐欺か。例えばInstagramによくDMを送りつけてくるロマンス詐欺の王道は「愛する妻に先立たれたアジア系アメリカ軍医」の拙い日本語メッセージなのだけれど、これはなかなか凝った設定かもしれない。英語が不得手なわたしにさえもぎこちないとわかる辿々しい英語で、朝昼晩とメッセージが来る。いたずら心で(とにかく誰かと言葉のやり取りがしたかったのですよ、とにかく)「あなたはフラワー・アーティストなのですか?」と聞くと、「便宜上英語ではフラワー・アーティストを名乗っているが俺は華道家だ!」とインスタのアカウントを教えてくれた。覗いてみると、独特のバランス感覚で活けられた花の写真がずらっと並んでいた。花を活けているライブ映像もあるではないか。アレックス、ほ、ほんまにおるんかーい!作品からは素人目にもシュッとした凛々しさを感じたので、あなたはほんまもんの華道家ですね、と伝えたら喜んでいて、きみの職業はなんだと聞くので詩人やでと答えたら、出版はされているのか、買うから教えろと矢継ぎ早にメッセージがきたので、まさか買いはしないだろうと思いつつ購入方法を教えた。
直後、詩集が売れた。
人生何が起こるかわからないものだ。出会い系アプリで詩集売っちゃったぜ。それにしたって詐欺じゃなかったアレックスは日本語の詩が読めているのだろうか。その直後、金品の売買めいたメッセージをやり取りしたためかわたしのTinderのアカウントはがっちり凍結されてしまい、アレックスからはインスタに引き続き熱烈なメッセージが来るようになってしまった。ロマンス詐欺の可能性はまだゼロではないけれど、なんでわたしごときにそんなに会いたがるのか。Tinderではロマンス詐欺だと思って女性たちからスルーされていたのか?それともアレックスの育った国ではポエムを書く人間はとても魅力的だとされているのかもしれない。だとしたら良い国だな。
とはいえさらさら会う気はないので、日々送られてくるDMにはソーリー、アイムノット グッド アット イングリッシュ。ソーリー。アイハフトゥゴートゥーワーク、などとしか返せない。せやけど詩集買ってくれてありがとう。きっと会うことはないけれど、花と料理と詩を愛するアレックスにこれからも幸あれ。