「きみはジュネを抱えて」#2 我妻 許史

2022年03月21日

#1

昼過ぎに食料が届く。トマト缶、鯖缶、桃の缶詰に、じゃがいもが三つ。どの缶詰にも中身を示すシールがそっけなく貼られているだけで、愛想というものがない。ぼくは台所の引き出しを開けて、届いた食料を整理する。そして、パスタ麺の残量を確認し、今食べる分があることを確認する。ぼくは鍋に水を入れて火をつける。ニンニクやベーコンがあればいいんだけど......。いや、そんなことを言ったら、小麦が香るバゲットや、滑らかなモッツアレラチーズ、フレッシュな赤ワインだってほしい。食料があるだけマシだと思うべきだ。

フライパンにトマト缶と細かく切ったじゃがいもを入れて煮詰める。水分が飛んだところに鯖缶を入れて茹で上がった麺を絡めて、塩と黒コショウで味を決める。トマトパスタの完成だ。皿に盛りつけたパスタをリビングに運んで、もくもくと食べる。味はまあまあだった。ボリュームも申し分ない。これで、明日まで飢えることはない。

ぼくはテレビやスマートフォンの無い生活に慣れてきていた。こうやって日々を過ごしていると、どれだけスマートフォンが自分の時間を食っていたかがよくわかる。それと同時に、あれほど時間を忘れてのめり込ませるものも他にはないよな、と思う。

ぼくは食べ終わった皿を洗い、歯を磨いて昼寝をする。幸福な時間だ。夜に眠れなくなるのはわかっているけれど、やってくる睡魔に身を任せて目を閉じる。

目覚めると、もったりとしたオレンジ色がカーテンの隙間から伸びていた。ぼくは窓を開けて何か変わったことがないかを確認する。とくに変化は感じられない。世界は未だに沈黙を続けていた。そんな時に玄関のインターフォンが鳴る。心臓が飛び上がる。ぼくは呼吸を落ち着かせて、玄関に向かった。扉の向こうには初老の男性が立っていた。マンションの管理人さんだ。

「突然すみません。先ほどもらったものなんですけどよかったら」

そう言って管理人さんはぼくに缶ビールを差し出した。ビールは湯せんにつけたんじゃないかと思うぐらい温まっていた。ぼくは礼を言ってビールを受け取ると、管理人さんは「素敵なシャツですね」と言って帰っていった。ぼくはまだヒッピーもどきの恰好をしていた。

ぼくは久々のアルコールを手にして胸が躍った。ビールを冷蔵庫で冷やすのももどかしく、グラスに氷をたっぷり入れて、温かいビールを注いだ。冷えていないから泡が勢いよく飛び出す。ぼくは一滴も逃してなるものか、と科学実験のような慎重さで黄金の液体をグラスに注ぐ。指で氷をかき混ぜてビールを一口飲み込む。美味い。ぼくは喉を鳴らしてグラスを空にする。そして缶に残った僅かな量をグラスに注いで、バーで飲むウィスキーのようにチビチビと喉に流し込む。

つかの間の快楽は一瞬で過ぎていった。せめてもう一本飲みたい。冷蔵庫を開けても何もないことはわかっている。調理酒に手を伸ばしかけるけれど、それはさすがに浅ましい。ぼくは諦めてソファに腰かける。そして千回以上考えたことが頭をよぎる。この時代に生まれた幸運と不運を考える。ぼくたちの時代は一体マシなほうなのか? どうなんだろう。答えが出るのはぼくたちが死んだあとだろう。







我妻許史