「元カノといっても二人」中川ヒロシ

2022年02月12日

あの交番の赤い電灯の角を曲がると元カノの部屋だ。
元カノと言っても二人、もと子とかな子。
もと子は綺麗な女で、ショップに勤めていた。
ファッション関係だった。ファッション関係だったが、部屋には床の間があった。
もと子はそのことをひどく気にしていた。
もと子は販売員としての成績はあまり良くなく、
収入の大半を出会い系サイトのサクラの
バイトに頼っていた。サクラのはずだったが、
時々は男と会ったりするようで、
もと子は夜になると出かけ、ある日を境に
全く部屋に帰ってこなくなってしまった。

俺はその頃、バンド活動というものをやっていて、
ファンのかな子とねんごろになってしまっていた。
俺はもと子がいなくなると、
もと子の部屋にかな子を泊めるようになった。
「ねんごろという言葉は、なるほど、
こういったことをいうのだなぁ」と、
みょうに納得して暮らした。
かな子は、無邪気だが頭の悪い女で、
芽の出ないバンド活動をする俺に、
「かっこいいから大丈夫だよ」などと言うのだった。
なんでも大きな人形屋の娘らしく、
実家から持ってきたこけしを床の間に飾った。
俺はそのこけしが「なにやら、ねんごろだねぇ」
と言っているような気がして、気味が悪かった。

ある晩、かな子と寝ている時、
知らない女が部屋を訪ねてきた。俺はその女が
もと子のような気がして、寝たふりをしておびえた。
しばらくして、女は立ち去ったが、
俺は女が戻らないように、床の間に向かって祈った。
ふと気付いたのだが、床の間のこけしが、
いつの間にか三体になっていた。
かな子が飾ったのだ。
かな子も、このような暮らしに不安を覚え、
こけしの数を増やしていったのではないか?
そう思うと、こけし達が、
「ずいぶんとねんごろだねぇ」と、
ニヤニヤ笑いながら俺を責めているような気がした。
「芽が出ないよ。あんた一生芽が出ないよ。」
俺は部屋を飛び出していた。

あれから二十年。あの角を曲がると元カノの部屋だ。
元カノといっても二人、もと子とかな子。
俺は赤い電灯の角を曲がった。




中川ヒロシ