「父の盗癖」 中川ヒロシ

2024年03月12日

父は銀行員でしたが、軽い盗癖がありました。

夕食の席では、毎晩「ヒロシ、人は、勤めてはいけない」と説き、
「じゃあどうやって、生きて行くの?」と聞くと「強盗さ」と遠くを見つめて酒を煽ってました。
そして、生きて行く為なら、強盗までは神が許して下さるという持論を展開し、過去の華麗な銀行強盗の事件や映画を語りました。

実際に父に誘われて、付いて行ったら庭石泥棒の手伝いで、垣根の反対側にいたおじさんに見つかって逃げた事もあります。

また父は陸でも海でも普段から密猟していて、一度捕まってしまい、「ちょっとここで待ってろ」と僕を浜に置いたまま、真っ暗になるまで帰って来なかったことがありました。
帰りの車の中で、会話がなく、翌日の新聞には「銀行員密猟捕まる」と載っていました。

そんな父は逆にある時、銀行の部下の女性に何千万か横領され、軽く失脚しました。
その金は結果的に、その女性が教会で懺悔したことから発覚して戻ったそうですが、それでも60才で定年した時僕に「俺はとうとう定年まで勤めてしまったよ。くだらん事をしてしまった」と嘆くので、僕は「強盗なんて誰にでも出来る事じゃないやん」と慰めた時、涙で声が震えました。

それで定年になった父をタイに連れて行ってあげた時、父はバンコクの人が皆?盗電しているのを見て「上手いやり方やなあ!」とバンコクの電柱ばっかり見上げてキラキラしていたのを思い出します。

バンコクのカオサンの裏に、お守り屋があって、そこに立ち寄った時、父は、おばさんに南国らしい竹の風鈴を貰って、その御礼にお祈りしました。

父が神仏に手を合わせる姿を僕はその時、初めて見ました。








中川ヒロシ