「DRUG&何か&何か」馬野ミキ
酒に飽きて
意識がどん詰まりになってきて
半日、ドラッグについて調べていた
53年間の人生でオーバードーズを二回したことがあるが
もう自分の意志では人生がどうにもならないという感じ
でもまだ生きたいと思っている
大麻は
国によって解禁されているところもあるのだから
人類が葛藤しているということで
これはなかなか論じるに値するおもしろいテーマだ
フィラデルフィアの路上で
合成麻薬フェンタニルに講じる人々の様子はすさまじい
せかいで一番につよい国のはずなのに
じゃあもっと貧乏でによわい国はどうなっちゃうんだろうか
酒を飲んで暴れまくっちゃう人はよくないと思う
家で一人静かに覚せい剤を楽しんでいる人は別によいと思う
外部のルールに従属するのではなく、内部に創造性と規律を持てるのであれば
資本主義や共産主義、社会主義以外の仕組みを空想してみてもいい
SNSのかわりにるものを作ってもいい
ウインドウズやマックより面白いものを作ってもいい
誰もだめだとは言っていない
ただ脳みそのなかでそういった可能性を閉ざしているだけで
感覚は欺かない
判断が欺くのだ
ゲーテ
かつての脱法ドラッグ時代は大変おもしろかった
法律とのいたちごっこで、かなり危険なものが路上や店舗で売られていたり
デリバリーされていた
作った人間や売ってる人間さえ、効用がよくわからないものが出回っていた
だから自分で人体実験する
そこにはスリルと可能性があった
でも人生だってそうだろう
生きるということは
最初はほんの少しの量から
びびるのが正当
俺はひびらないぜひゃっほーとか言ってる奴に限って
バッドに陥ったりパニくる
それは悪や闇と関わる態度ではないのだ
充分な睡眠、リラックスできる空間 致死量、適切な量等の把握、前後の自分の日程、危険予知活動
そういったセッティングが出来て
一旦のところ社会から外れる儀式が執り行える
ここにはもう一度社会に戻ってくるという意識が含まれている
「常識」だって大事なことなんだ
自動車の存在を無視すれば
自動車にぶつかる
己の中の悪を無視すれば
悪ともぶつかるだろう
そういう意味で、平和運動とは
権力や対抗勢力への批判やこき下ろしや正義ぶりっこでは無く
己を見つめるものであればよいなと思う
俺だって実際バレないのであれば
セクハラもパワハラもしたいし
お前をなぐり倒してお前の女とやりたいと
1秒くらいは思っているんだ
