「暴走族の下っ端」馬野ミキ
十七歳
新宿駅構内で銃刀法で捕まった俺は数日留置所に宿泊した後
鳥取の実家へ帰った
家裁で無政府主義を支持すると言ったら怒られた
カラオケを併設するレンタルビデオ店でバイトをはじめ
夕方五時までワンオペで行った
その代償として少し早めに職場へとおもむき
好きなアダルトビデオを観て精子を出したり
VHSを勝手にダビングしたり
有線に電話してパンクロックをリクエストしたりした
ここの店長は元銀行マンで、たまに俺をスナックに連れて行ったり浜省のテープを貸してくれたりした
聴かなかったが・・・
地元で暴走族を立ち上げる話があり
中央体育館の駐車場に昼間からK市の不良少年たちが集まった
湘南爆走族の地獄の軍団の副の真似をし、「呪」と書いたマスクをつけて自分も参加した
まずはバイクを揃えようというところから始まるのだが
CBXやXJなど高価ないにしえの中古をバイクショップから取り寄せるという感じであり
何も無い俺は自転車に乗って道の真ん中を走ったりしていた
Y先輩の家がたまり場になり、Yさんの家のハスキーのちんこを勃起させたり
校庭でハスキーと競走したり
割り箸に裁縫用の針を固定し、互いに入れ墨を彫りあったりした
自分は肩に「卍」を彫った
自分はヤンキーとか不良というものに属するものではなかったが
酒乱における破壊力があり
先輩たちのひまつぶしとして重宝された
駅や浜辺で地元の女子短大の女の子に土下座でナンパをする等
土下座ナンパは先輩たちも笑うし、女の子たちの面目も保つものだったのでWinwinで廻せた
ただ俺ばかりが道化になれば
数台の車高を落とした車とバイクで市街を走るのは気持ちよかった
バイクの後ろに乗る時、常に自分はびびっていたのでマノはびびってだめです、とYさんに報告されたが
海岸線を走る時には自分たちが主人公のように思えた
バックに右翼がいた
別の日に、Yさんと一緒に軽自動車に乗っている時
年が下ってだけでペコペコさせられてかわいそうだよなあ マノは
と言われた
だがYさんたちは、笑いながらスピンする車の屋根に乗っかっていたりしていたので
同い年でも自分は負けていますよ、と思った
金属バットを家に貯めていたが母が燃えないゴミの日に捨てていた
やたらと俺にきわどい箇所のマッサージをせがむ先輩がいて、あの人は興奮していたのではないかと思う
そこらにいるヤンキー少女に「付き合おう」と言えばほぼ付き合えた
先輩たちに呼び出されることに忙しく、だいたい何もしないで終わった
ある日レンタルビデオのバイトをしている最中に
こうした日々に疲れきってふと
俺は先輩に電話でシフトを変わってもらい
そのまま寝台特急に乗って二度目の東京へむかった
数年後、この暴走族は
市民にふるった暴力事件が新聞に載り、解散命令が出された―
馬野ミキ
