「快適な空の旅」尾内甲太郎

2026年06月14日

富士山静岡空港を離陸して
十数分後にベルトサインが消えると
キャビンアテンダントが客席の間を走る
遠くてよく聴こえないけれど
「お客さまのなかに
 偉人の方はいらっしゃいませんか」
と訊いている気がする
キャビンアテンダントが
前の客席から私の横へ来たとき
たしかに
「お客さまのなかに
 詩人の方はいらっしゃいませんか」
と訊いている
私は、あっ、と
しずかに右腕をあげた
キャビンアテンダントの淡い香水
鼻をつく柑橘系
「ありがとうございます
 失礼ですが
 お客様は現代詩手帖賞受賞者か
 ユリイカの新人の方ですか」
私は小さくなって右腕をさげ
両の拳を膝においた
キャビンアテンダントは
一礼して後ろの客席へ向かう
後ろの方で勘違いした乗客が
「産婦人科医なのですが」
と言って断られていた
空を見ていると
混じりっけのない青が私を見返す

まもなくこの飛行機は
着陸の最終段階に入ります
島根県の今日の天気は晴れ
ゆるやかに滅びゆく国の
ほんの一端にすぎません





尾内甲太郎

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