「不思議なバス」中川ヒロシ
2026年07月13日
小学校の同窓会でバスの運転手の杉浦君が言った。
「以前は〇〇観光のバスの運転手で、修学旅行なんかの仕事が多く、皆が降りる時に『ありがとうございました』と言ってくれたし、時には何か差し入れをくれたり、一緒に写真を撮ったりした」
今は、高齢になって、市バスの運転手になったそうだ。
杉浦は、お客様が下車する時、全員に「ありがとうございました」と挨拶するが、誰一人声を返してくれる人はいないという。
「なあヒロシ、子供の頃、『挨拶しなさい』って、俺たちは、教えられたよな、おまえは、運転手に、挨拶するやろ」とあの頃と同じ目で杉浦は、俺に言う。「うん、してるよ」と言ったけど、ごめんな杉浦、俺もしてないよ。
小学5年の時、誰がリーダーか決める子供の決闘みたいなことをした。
僕は杉浦と対抗しているグループのリーダーで、河原で殴り合った。
後、劣勢だった杉浦が投げた拳くらいの大きさの石が、僕の額に命中した。
顔が真っ赤になるくらい血が流れて、杉浦は焦って、僕を家に連れて行った。
トイレットペーパーもティッシュもまだ無い頃だった。灰色で、ざらざらの便所紙で、僕の顔をゴジゴシ拭いて「大丈夫か?」と聞いた。僕が「大丈夫だよ」と言うと、杉浦は、突然、起立して
「ごめんなさい」と頭を下げた。
僕はいつも挨拶をする時、そのことを思い出す。
近頃の暗いニュースを聴く度に、杉浦とかが幸せでいて欲しいと願っている。
