「会話、公共、ど猥褻。悪いのは誰だ」湯原昌泰
今年最後のライブが終わり、終電を逃した。店が閉まるまでのライブハウス。隣になった若いAコード系女性といくつか言葉を交わし、芯まで冷え切った東京。始発が動くまでの間、駅前の漫画喫茶で時間を潰そうかという話になった、その個室。
「相変わらず、東京の漫喫は汚ねぇなぁ」
「前の人の指紋とか、べったりついてそうですよね」
「よかったらウェットティッシュ、使ってね」
「ありがとうございます。私も5枚、持ってきちゃいました」
「芳香剤の匂いも安っぽいねぇ」
「でも私、この匂い嫌いじゃないかも」
「今日のライブ、よかったね」
「うん、本当にすごかった」
「どの曲がよかった?」
「私は2曲目にやった、『茨の城。利根川、取手、守る谷。まるで敵は東京にありと言っているかのようですね。お疲れ様です』がよかったなぁ」
「俺は5曲目の『なぜ夕焼けが美しいか知ってます?それはゴミのように生きる俺らをほんの少し慰めるためですよ』がよかった」
「わかります。『どうしてみかんを食うと涙が出るんだろう』って」
「ギターもかっこよかったね」
「最初にやることが、全ての弦の音を狂わせることですもんね」
「ところで君は他にどんなバンドを聞くの?」
「私は最近、MOSTを聞いてました、久しぶりに。わかるかな」
「え、MOST?MOSTってPhewさんがボーカルのMOST?」
「うん、そのMOST。私、AUNT SALLYも大好きで」
「わかる。俺も好き。じゃあもしかして倉橋由美子さんなんかも好き?」
「倉橋由美子さんも好きだし桐野夏生さんも好きですよ。山田花子さんの漫画、春になると読み返したくなるなぁ」
「マジか。じゃあ蛭子能収も?」
「勿論!個展にも行ったし、島本和彦さんも大好き」
「じゃ、じゃあ寺山修司と三上寛は?」
「うんうん。INUも好きだし、ピーズも好きですよ」
「ちょっと待ってくれ。じゃあバタイユ、バタイユはダメなのか?」
「バタイユだってダメじゃないし、チャールズ・ブコウスキーだって全然OKです」
「ブク!ブク!やつに小便をするためのおまるがなかったとしても、それは俺のせいじゃないよ!」
「あなたは美徳ではなく、快楽によって私を説得すべきだったわ!」
「なんてことだ。カート・コバーンがニルバーナで、マーズ・ボルタが中上健次だよ」
「織田作之助と深沢七郎って、実は野坂昭如だったんですね」
「ねぇ君…、君の名前はなんていうの?」
「私?私は百合子です」
「あぁもう耐えられない。百合子ちゃん、こんな空間、よくないよ。狭くて暗くて猥褻だ。熱く、可能性に満ちている。俺は外に行ってくる。爪なんか赤く塗っちゃってさ。君の匂いもよすぎんだよ」
「え、待って、置いてくの?それならここのお金、払ってよね!」
会話、公共、ど猥褻。悪いのは誰だ。
