過去の記事

そうですね、荷物を下ろしましょうか。
ごちそうさまです、積み上げたものはちゃんと隠しましたか。
私のできることは、問いかけることばかりだったけど、
それはあなたに届くのだろうか。

あちらのお城が落ちました。
こちらのお城に住みましょう。
こちらのお城が落ちました。
そちらのお城に住みましょう。
腐っても泰平の世、
食う寝るところに困らない。

あちらの大将につこうかしら。
こちらの将軍につこうかしら。
どちらかに肩入れしなきゃならない時は、
どちらからも逃げなきゃならない時。
腐っても泰平の世、
隠れる場所には困らない。

そうですね、攻めたり守ったりしましたよね。
ご覧なさい、あなたはあなたの役割を果たしました。
私のできることは、問いかけることばかりだったけど、
それはあなたに届くのだろうか。

無理に団結しましたか。
...

昨年の秋、谷中にある工房ムジカ(BAR日暮里モンパルナス)で飲んだくれていたとき、店内に流れていた曲の歌詞が耳に入ってきた。その瞬間、とても強く魅了された。

夢は必ず叶うから なんて夢を叶えた人達が 臆面も無く唄うから 僕らの居場所は無くなった 愛し愛される事がすべてさ 愛を手に入れた人達が 臆面も無く唄うから 僕らの居場所は無くなったんだ(虐げられた民「居場所」より引用)

流れていたCDの冒頭の、この歌詞が、理屈抜きでダイレクトに僕の中に響いてきた。
僕は、人間はどんな生き方を選んだとしても、その場所で理不尽な目に遭わされることを強いられる存在だと、いつしか学ばされた。それは、スクウェアな道を歩んでも、もっと解放されていたいと外れた道を歩んでも、どっちにせよ変わることはない。
...

Hがしたり顏でおマンチヱが熱いぞと
stone rosesを攜えてきたがどうにも
踊る氣にもなれず專ら初期パンばかりで
鼓膜も硬化してゐたのであらふよ
(膜)と謂へばこれですよ、これ
アイアンメイデン達がナプキン越しに
アニメイデアを物色してゐるフロアよ
交涉するもなにも血眼なものだから
互いに弱味と打算の合致すればそれで
六疊閒にコスモスの酷い擴がり畫
安全ピンで繋ぎ留めた黑いリボンに絡まる
黃ばんだガアゼのほうたいのほつれ奉じる
ノンツインテイルで折れやすいX脚しかり
ペラいゴスロリを剥ぎ毟れば
足首にかけて蚤にかぶられてゐる
手首を鐵ヤスリ狀にかぎつてゐる
乳首はクレヱタア兩陷沒してゐる
自らをボクと稱する女であつた
二次元を三次元にぶちまけて
アクリル塗料を淡く憐れみよく
描きイの親不孝通りから更にアンダア
...

平成38年にもなってコンビニ店員をしている俺はもはやプロ、ではなくまったくのゴミで、たとえばレンジでパスタを温めれば爆発し、コーヒーマシンを洗浄しては爆発し、ポテトを揚げればフライヤーが爆発する。なので、「お前はもう便所掃除だけしてろ!」と鼻毛の飛び出た店長に一喝され、おかげでうちの便器は狂気的なまでに輝いている。

精神科のあと
久し振りによるの池袋を歩く
馴染みの個室ビデオがいくつも無くなっていて、ネカフェか和風の居酒屋になっていた
スマホをみて歩き続ける馬鹿と、路上でキャリーケースを持って立ち止まっている呑気な外人が増えた
駅前公園で日本酒のペットボトルを開け、パルコ脇ウィロードを抜けて北口へ
喫煙所のまえで客を待つ女が知人に似ている
以前脱法ドラッグを売っていた中華ビル
ガールズバーの呼び込み
横断歩道パトカーが自分の目の前で止まり、助手席の婦警と二秒くらい見つめ合う
美人だ
三徳山を登る時に恋人に買ってもらったナイキの靴が、香車のように桂馬のようにずんずんとおれを街に進める
ソープランド、焼き肉店、客引きと客引きは違法ですという豊島区のアナウンス
それでも昔からずっとやっている汚い小さな飲み屋なんかもちょこちょこ健在
...

12月18日木曜日
ひさしぶりに新宿ゴールデン街で飲んだが
一点の灯り以外はクソつまんなかった
もう遠征しなくていいかなと思った
ホテル1万円とかもったいない
ホテルのフロントがチェックインのときにもたもたしてるし
一軒目はバーテンダーがサックスプレイヤーでセッションで
お世話になっている人で
ひさびさしゃべりたいと思っていたが
なんか革ジャン着た中身スカスカのおしゃべりの客が
べらべらとバーテンダーをロックオンして
俺はずっと黙ってぼおっとしていた
何しに来ているねんという話だが
次に行く店が開店する時間になったのでチェックしたが
そうしたらそいつが僕ばかりしゃべってすみませんと
自覚あるなら半分で沈黙せえと
まあ言わないが
そうやって気の毒がられるのもむかついた
二軒目は開いてなかった
オーナーに連絡したら遅刻だという
...

「わが地名論」連載にあたって
詩の中に地名を書くこと。その意味を探ること。これは僕自身の詩集に関わりながら展開する「わが地名論」。この連載を通して〈地名とは何か〉〈詩とは何か〉を考えてゆく。

「屁に返事すると死ぬらしいよ?」
そんな噂を聞いたことはありませんか?

17才の時だと思います、今ぐらいの季節で母親は晩飯を作ってくれています

「あ、オナラ…」思いのほか大きい音が出て「あっ!」っていう時にはお尻が1cmぐらい宙に浮いていたと思います

「ぷっ!」とか「ぶぅ!」とかじゃなくて「ぶわっ!」という「これ、大丈夫?」というビッグショットでした

そしたら母親が「へ?なに?」とフライパン返しを置いてわざわざコタツに入っている僕に返事を聞きに来ました

「屁だから!」「オナラだから!」「今のオナラだから!」言い訳する方もつらいのです
僕は夕食を待ちつつ悲しい気持ちになったのを今も覚えてます
当の母親と言えば「なんだ、オナラかぁ!」とケラケラ笑ってましたがこっちとしてはそれでころでは無い

「それ、屁だぜ?」

...

オビがかっこいい。「詩人が政治的でわるかったね。」という宮尾さんのスックとした立ち姿(おそらくは抗議活動の一場面なのだろう)、それだけでプロテストの詩集だとわかる。精神的背骨の強さが立ち上がっている。であると同時に、黒地にピンクの文字色、カバー下の表紙・裏表紙はピンク色、という遊び心もたっぷり備えているところが楽しい。
反戦を訴える、宮尾さんの毅然とした声が聞こえてくるような作品が多い。特に第二部は圧巻だ!叙事詩のように展開する「ヒムネ Bleeding heart dove」の一部を紹介する。緋胸鳩またはムナツキバト(胸突鳩)、Bleeding heart dove(胸流血鳩)と呼ばれる鳩を題材に書かれている。


(……)
アア、美シヤ
緋胸の柄は
ニホン(この国)の旗――
ヒノマルだ。

...

今年最後のライブが終わり、終電を逃した。店が閉まるまでのライブハウス。隣になった若いAコード系女性といくつか言葉を交わし、芯まで冷え切った東京。始発が動くまでの間、駅前の漫画喫茶で時間を潰そうかという話になった、その個室。

「相変わらず、東京の漫喫は汚ねぇなぁ」
「前の人の指紋とか、べったりついてそうですよね」
「よかったらウェットティッシュ、使ってね」
「ありがとうございます。私も5枚、持ってきちゃいました」
「芳香剤の匂いも安っぽいねぇ」
「でも私、この匂い嫌いじゃないかも」

「今日のライブ、よかったね」
「うん、本当にすごかった」
「どの曲がよかった?」
「私は2曲目にやった、『茨の城。利根川、取手、守る谷。まるで敵は東京にありと言っているかのようですね。お疲れ様です』がよかったなぁ」
...

海老も烏賊も美味しいから食べて食べて、と言わんばかりの身をしている。美味しそうなら交接したいのは当たり前ですね。同種を探して美味しい匂いを漂わせている。それだから捕食されちゃう。豚肉なんて美味しく調理すれば、水よりもするすると喉を通る。美味しくって物足りなくなるから、濃いめのつけダレで。若しくはちょっとお醤油をたらして。誰も口腔内の問題がつきものだから、そのくらいが良いかも。お料理を出すほうも、どうしたら喜んで食べてくれるかを考えながら、玉ねぎを俎板の上でストンストンと切る。美味しいものを出しますからね。と、いつもくらいのさじ加減。あなた方みんなもっとずっと美味しくなってもらわないと、良い所にもらわれないのよ。そんなに美味しいんなら食べちゃうぞ?それは困る。生き物全体に、そういうことに...

アンドレアのしゃべる日本語は コロコロところがる やわらかくこぶりな鞠のようで それ は 牛乳みたいな白と うすいカナリアイエローと わたしのすきな エメラルドグリーンの色 をしている

真ン夏のツンドラのド真ン中に
かさかさの林檎が落下していた
暗い風上から転がつてきたのか
転がされてきたのンが一昨日か
明明後日午後四時二十二分頃に
ウルトラ五兄弟が磔に曝されて
真ン夏のブウラウン管剥き出し
ちらつきの合間の夕燒ケ燒ケで
お友達のお母サンみたいな人が
林檎をむいてかさかさと階段を
のぼつていらしたのでわたしは
かしこまつて学習漫画を閉じた
磔の十字架はゴルゴダに屹立つ
夕燒ケを背にした黒焦げの擬態
お友達の名字に金が付いていて
ビニイルを焦がした臭いがする
地区にかたまつて住ンでいたと
記憶してるが違うかもしれンよ
かさかさと焦げていく音も無く
†††††
真ン夏のツンドラのド真ん中で
お友達の持ち物を隠して盗ンだ
乏しいベランダの鉄柵の間から
赤化する重化学工業地帯を見た





詩集、というナカミの詰まった本を一気読みすることはめったにない。が、この詩集は読み手の好奇心を引き寄せ続ける磁力がある。魅力というよりは磁力というべき何かの力が読み手の目と手を離さない、ということだ。全編を読むと、短編小説のような読後感が残る。人生のある断面がクローズアップされ、その背後にあるはずの、描かれていない困難が想像できる。
最初に詩集タイトルの「有名な空」というフレーズが含まれる短い詩の全文を紹介する。


「大洗」
朗読会で出会った女性と
海に行った
出会った頃
「海に行きたいですね」
と言っていたので
ほんとに海に来ているね、と話した
妙なかたちの石が多いので
どれを家に持って帰るか迷った
有名な空の下で。


阿佐ヶ谷は、僕が小学生の頃から遊び場にしていた街である。そこに数年前に開館した小さな映画館Morc ASAGAYAのスタッフとの共同企画だった。やはり同じ映画館のスタッフである郡谷奈穂さんとも、昨年「65×25 starting point」というタイトルの企画を行った。戦争をテーマにした詩の朗読会であった。この、ある意味では重いとも感じられるテーマは、まだ若い郡谷さんの側から提案されたものであった。
今年の企画は、僕の側からテーマを申し出た。「男女の性」という提案をしたことには理由があった。 映画館で観た作品の感想を、ロビーにいる武田さんに話しかけることが何度かあった。そうした中には、最近の日本の映画の中での女性の描き方について触れた内容もあった。それだけの理由で、テーマを選んでしまった。...

確かに津山の承認欲求は強い
だが承認の強い人間をそのまま承認してあげればいいではないか
愛してほしいという人が愛されることは、まっとうなことだ
違う 実のところ、私たち頭のよい人間は頭の悪い人を差別している
クジラやイルカを食べてはいけないのは彼らが知的だからだ
では植物はあたまが悪いだろうか?
違う 私たち人間が知りうる「知的」の程度がその範囲だというだけだ
考古学の新しい発見により常に定説が覆されるように
津山は15秒おきにツイートしている
働いていないのだろう
私たちは誰も津山にいいね!をしない
それは津山が共感できるような発言をしないというわけではなく
私たちは彼をミュートした
居て居ない者にすることにした
15秒おきに*****と伝える人間と共存するのはつらい