過去の記事

山に入るようになったのは
今年で40歳になったこともあり
自然とは何か、不自然とは何かと知りたくなったからだが
その山の中にあって
僕の存在はあまりにも不自然であり
木々はあまりに自然であり
風のそよぐ風景の中に溶け込めない僕は
滝のような汗を垂らし
この汗の中にこそ不浄はあるのだ
この小便の中にこそ穢れはあるのだと
ただならぬ面持ちで喘いでいるが
ふと
では熊は自然なのか
スズメバチは自然なのか
鹿は
猪はと考えると
どれもこれも尋常ではない。
すべて生き物は異様である。

ではさて
人間にとって服を着るということ
風呂に入るということ
電車に乗るということは
どれも自然な行為だろう。
つまり
視点が変わればすべては自然であるということだが
以前新宿三丁目駅の大トイレに入った時
どうやら前に入った人が
そこでカレーを食ったらしく
...

毎日たくさんの子ども世界からいなくなる
それはどの党に票を投じても変わらないだろう
古い権力から新しい権力に変わって
いじめのターゲットが新しく更新され
私たちはお祭の気分でよーよーを夜空になげ
いっとき悪いことをしていない感じになれる

ぼくは
お父さんみたいに思えるリーダーがほしかった
でもそんな人いないだろうな
ほんとうにこれでまじにやばいというときに
当り前のようにこんなものはまじにやばくないと笑って
肩車をして
それからスローモーションで地上におろして
めでみえる口と口でおしえてほしかった

暴力ではなく
言語で

そんな人はいないだろう
ぽくはお母さんみたいにみたいに思えるリーダーがほしかった
ぼくとぼくの友だちの全員を守ってくれる人だ
ぼくとぼくの友だちを分けへだてる人ではなく
大人たちを尊敬したかった
父母に見習いたかった...

改めて説明しておけば、T-theaterは、僕が1996年から2007年にかけて主催していた、「詩の朗読をメインとした舞台集団」である。四半世紀以上昔の話であり、周囲にはその頃にはまだ生まれていなかった方もおおくなってきた。時代は変わっていくのである。

連載 第1回
はじめに

僕は、1959年(昭和34年)生まれである。余り、芸能関係のことには興味を持たずに育ってきた。中学に入った頃(1971年)、偶然見たテレビ番組がきっかけとなり、流行歌と呼ばれる音楽に興味を持つようになる。当時、「フォーク・ブーム」と呼ばれるような時代で、既成の流行歌に対して、自分で作詞作曲した歌を奏でる歌手が次々にデビューしていく時代であった。

...

頭やお腹が痛い人って多いようだ。朝っぱらから塞ぎ混んでいるよう。どうしたら治るのでしょうね。毎朝毎朝皆さん大変そうです。果物を食べる習慣でもあれば良いのでしょうかねぇ。林檎を皮と芯を取って。僕は取り敢えず甘~いペットボトルのコーヒーを飲みますけど。お金のあるかたは、それで済むのでしょうけど、僕はお金が無いときは、ガムシロップを水に溶かして飲んでます。でももっとシビアなかたは?髄膜や腹膜がとっくに欠損されているかたは?ウィンナーの皮って膜を甦らせる効果がある気がするのは気のせい?僕も他人事ではありません。そんな苦痛耐えられません。今の所そうにはなってないけど。死ぬ気で会社へ向かうのでしょうか。そう言えば今日の御昼は卵かけご飯だ。もうそろそろ都会は賑わっていそう。

「皆さんとは短いおつきあいになるとは思いますが、どうか清き一票をお願い致します!」

政治家ってバカでもできるんだなぁ…
部屋で横になってテレビを観ていた
鼻糞も乾いていた

「あっ!俺も出馬しよ!」

急いで準備にかかった

iPhoneでほぼ適当な画像加工でポスターを発注し、なんかわからないけど携帯ストラップも作った

借金?した…

政権公約?マニフェスト?
あるぜ!あるのよ、バズーカ砲みたいのが

「フリーセックス!」

恐ろしい勢いで童貞有権者が集まってきた

何万人じゃない、何十万人だ
Xもフェイスブックもティックトックも7日でフォロワーが100万人を突破した

来た!

詰め襟の学生服のファンが集まり俺の周りの何もかも童貞で埋め尽くされた、トップ当選確実だが絶対にテレビでの報道は無かった

でも、来てるからw

...

最後の生理は4日で終わった。
これからわたしの体に起きるのは
どんな事だろう?
私は痛みを取り除くのと引き換えに
女である事を辞めた、
気がした。
もう私から流れるものは
命を守る為のお布団の残骸、
ではなく
ただの血液である。
女であることは
痛みと共に生きていく事なのだと
失った瞬間に悟った。
もう遅い。
もう、遅い。
病院から帰る途中
日傘も差さず
途方に暮れた。
これからは
女、でもなく
ただの人間、だ。
男、でもなく
女、でもなくね
ただの胸と、膣
があるだけの
す人間。
女の、生臭い
ドロドロした部分を取り除いたら
一体なんなのだろう?
何をしていこう?

標高3000M
標高3千でも聴こえるラジオ
ラジオ人生相談
転職 浮気 借金苦

それら下界の生暖かな不安に
まるで耳を貸さず
稜線を渡る風の 乾いた冷たさ

山頂から見る
その景色の捨て方は あまりに見事で
どちらを向いて見ても
どちらかがもったいない

いっそ目を閉じ そこを山頂とする
そして ついに人の登ることがない
残りの高さを思う

人が生きることの
驚くほどの安さとその喜びを
少しずつ取り戻しながら

一昔前であれば夜職、キャバクラ嬢だとかそれに付随する職業というのは白い目で見られがちだった

今はどうだろう?
ツイッターで、インスタグラムでフェイスブックで、ドレス姿でシャンパンの空き瓶を自慢したかと思えば、最新のヴィトンやディオールで固めた私服を披露しキラキラの人生を多くのフォロワーに見せつけている
アイドル気取りだ

そんな時代が来るだなんて5年前では想像つかなかったであろう

自称インフルエンサー、いやあなたはキャバ嬢ですよね?

SNSにより際限無く肥大する自己顕示欲

援助交際、パパ活
待って、それって結局は売春ですよね?
パパ活なんて関係無い丸の内のOLだってパパ活と言えば話が通じる

なぜ?

アダルトビデオに出演
人生の汚点
セクシー女優と名乗ると地上波の電波に顔が出せる
芸能人気取りだ

...

弱りきった小鳥が
ほとんど落ちるようにやってきたので
手のひらに載せて看取った

寝起きですぐに夢の続き
寝起きですぐに夢の続き

夢の思い出

僕は絶対に君のことを忘れない


割れるシャボン玉すぐに消えた
虹色のそれは消えて無くなった
イメージが消えると暗くなった
思い出せないが今日が始まった
金魚すくい乗せたら紙が破けた
何かが僕からすぐ逃げて行った
戸惑う暇なく電車に飛び乗った
しがらみ激しく混線が始まった
曖昧な記憶でもう窒息していた
しつこくモヤモヤが付き纏った
彼女の影が膝を立てて座ってた
窓も無ければドアすら無かった
自分自身で勝手に閉じ籠もった
たぶんそうだろうとうなずいた
ドアが出て来ると高をくくった
好きな人にと僕は僕をなじった
笑えるにはあと百年必要だった
誰も知らない様な深い穴だった
泣きながら自分の墓石を削った
そしてどこまでも奥まで掘った
...


全ての歯車が噛み合わなければ、破綻で精神鑑定され、病院送りだ。毒も妄想すらも無い。只歯が痛いのと我儘の過ぎる点、暴れすぎて対応困難と、疲労困憊で、おばあちゃんのように痴呆になったら天使病院にて療養するしかない、ここは決めなきゃといった事で精神科へ入院となりました。初めて毒が体中を支配し、体に適合するようになった。良いこともあった。寒さに耐えかねた事もあった。ずべらぼうに親が大金をはたいたらしい。後は千円札のプール金の札束を数えている看護婦さんに、それで人の顔はたくんですかなんて言ってみたり。人と抱き合ったり。
...

とあるビッグなお笑い芸人さんが、サイバー攻撃されていたようだ。かなり的確にテレビで荒れ模様を言っていた。そんな事テレビで素になって言える人居ない。只あれから真実味を帯びてきているのはテレビの影響だね。それ以降テレビがどんどん面白くなっちゃったようだ。コマーシャルすら見逃せない方も多いのでは。
僕の大好きな芸術方面がお花咲きまくり。皆さんの才能開花が殊更に進んでいる。自宅をアトリエにして、芸術に勤しんでいる。勿論お仕事だって、僕の目からしたら、秀でた芸術である事に違いない。お医者さん達だってどんどん前へ行ける。
からすちゃん、暫く必要な事を厳しく育ててごめんよ。これからは餌はやらないけど仲良くしようね。
凄いんだ。カラスは短い青春を荒い波に載って謳歌するから。夜鷹に襲われてくわれちまうのに。

言葉は 変幻自在で有る様
本当のことしか言わないお前だ から
これは、持ち手のないナイフ
研げば研ぐほど、生まれる沈黙
傷は癒えても血は消えず
やがて全て返り血となる

この詩集は西脇順三郎賞受賞の詩集『毒猫』から派生した企画のようで、本篇をまったく知らずに読む面白さもあると思うが、私は比較しながら味わってみたい。
まずは、本篇にない5行に痺れた。「聖痕(スティグマ)の日(ロングバージョン)」では、「どこにもいないわたしは戦慄を満たしている/どこにもいないわたしは慟哭を満たしている/どこにもいないわたしは生贄を満たしている/どこにもいないわたしはおまえを虚ろにして/おまえはわたしのいた場所に満たされていく」という20文字*5行がツインバスドラムのように低く響く。そもそも詩の言語は、一般的な意味を超えて使用されるから、詩として深みを持つわけだが、「どこにもいないわたし」と「満たす」「虚ろにする」という暗黒の淵を覗き込むようなスリルは何なのだろうか。
...

爪をたてるくせがある
なんにでも
カリカリカリカリ
自転車のハンドルはボロボロ
スマートフォンのカバーも
私自身にも立てるようになって
ついに私もボロボロになってきた
あなたが今頃優しくしてきたって
私はもうだんまりきめこんでる

悪気がなくたって
傷ついたら悪口でしょう

いつかこの癖も治るといいな
治るといいな





必然の最小単位は偶然
偶然が折り重なって、繋がって必然となる

そう思ってる
そう思ってた

当時、お付き合いしていた彼女は気の強い子で、でも仲は良かった
と、言うか俺が一方的に好きだったのだと思う

ケンカしては仲直りして、手を繋いでお出かけして、そして一緒に寝て

ケンカしては仲直りして、手を繋いでお出かけして、そして一緒に寝る


なのにまたケンカして…
それの繰り返し

ある日、理不尽な怒り方をされ頭がパンクしそうになった
「またこのパターンかよ?!」

「もういい、話さないし会わないし連絡もしない!」

「そうしたらいいじゃん!!」

そうするよ、本当に嫌なんだよ
ケンカするのが、ね

一週間は何も連絡しなかった
とは言え、別れたいわけでも無い
だが、腹の虫が収まらなかった
とにかく腹の虫ってのが大暴れしていた

...

中学生の頃、毎週通っていた場所があった。折しも日本中でバンドブームが巻き起こっていた時代。東京のホコ天(歩行者天国)に対し大阪には城天と呼ばれる場所があって大阪城公園のJRの駅から大阪城ホールへの通路にバンドがたくさん出ていた。日曜のお昼ご飯を食べたら20分ほど自転車を飛ばして、友達と一緒に陽が落ちるまでお気に入りのバンドの演奏を観た。中年になった今とやってることは大して変わらない。自転車は新幹線になったしお酒飲んでるけど、それぐらいの違い。その中で一番好きだったバンドが後にメジャーデビューし、上京する前の恋人とのシングルベッドでの思い出をラブソングにして歌っていた。大学生になったわたしはそのCDをバイト先で棚に並べていた。

もうこっちは散ってしまったんですけど春ですし、お花見のお話です。

20代の前半、小中学校の同級生が集まって毎年お花見をしていました。
主に上野公園での開催で、多いと10数名が集まっていました。

若いからお酒との距離感がわからず、どんちゃん騒ぎにります。

週末だったこともあるとは思うのですが、その日の晩の上野公園は本当に混み合っていて、僕らの様な若い奴らがあちこちで大騒ぎしていました。

上野公園というのは入り口から行くとなだらかな坂になっており、その坂の沿道に隙間無くソメイヨシノが植えてあります。
つまり、花見客はその傾斜にシートを広げ座っているので皆、若干左に傾いているのです。

本当にその夜は混み合っていました。皆ちょっと左に傾きながらベロベロになっています。
...