「極めて私的な辻潤についての文章」奥主榮
大正時代に、「日本少年」という雑誌があった。児童向けの、啓蒙的な月刊誌で、昭和三四年(一九五九年)生まれの僕は、子どもの頃にこの雑誌を一冊だけ目にしている。家に、関東大震災の特集号だけが残されていたのである。親が、なんだか記念品的な感情で、処分せずに残しておいたらしい。関東大震災を受けての諸外国での対応が印象的であった。「歌舞音曲の禁止」というのが、結構あったのである。それは、この時代の矜持の一つであったのだろう。それぞれの国家の、一人ひとりの国民には無縁な存在であるアジアの一国家での災害の報を知り、享楽に耽ることを戒める。
けれどもそれは、禁令を出した国々での個々人の生活への干渉という要素も含んでいて、今ではむしろ、反発を生むものではなかろうか。
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