「きみはジュネを抱えて」#4完 我妻許史
千春は小説を書いていた。ぼくは彼女が書いたものを読んだことはないけれど、自由でとりとめもなく、非合理的なものを書いていたに違いないと思っている。彼女の住む家に行ったとき、ぼくは彼女の思考の一端に触れた。
彼女の住む一軒家は井の頭公園の脇という最高の立地だった。彼女の祖母が亡くなったのを機に、一人で住むようになったらしい。家は大きく、そのまま小津安二郎の映画のセットとして使えそうなぐらい立派だった。
「古臭い家でしょ?」
「いや、雰囲気があるよ。そういえば両親は?」
「親は練馬のマンションに住んでる。あんまりここが好きじゃないんだと思う」
「マンションなんかよりこっちの家のほうがずっといいと思うけどな」
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