過去の記事

いきなり第4コーナーから 最後の直線に入っていた
千秋楽の優勝決定戦は時間いっぱいで
ボルテージは最高潮
まるで ワールドシリーズ第7戦
「絶対に負けられない戦いです」実況は平然と告げる
敗者復活枠も リプレー検証も
物言いも VARも なかった
W杯 決勝 PK サドンデス突入
ボールをセット 目を閉じて 息を止めて
目覚めたら ほら、
時限爆弾 赤のコード 青のコード
どっちを切る?
握られたニッパー
流れる汗 しょっぱい

あれは

死闘で 命がけの戦い的な 名勝負っぽい ベストバウト
デッドヒートで ガチンコな 果たし合いの 大乱闘

勝った
チャンピオンになった...

働かざる者、食え

溶けるまえに
熱いうちに
もう生き返ったり
しないように

陰は 私と太陽との共同作品
私たちの陰を 踏むなよ

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それでも欲しがらずに


デジタルタトゥー 和彫りにて

ワンオペ人生

線路に綺麗な石はない

仕事がまだ楽しいときは...♪
って言う歌があったけど、
七五三の法則っていうのが
あるんだって。仕事を離職する人の割合が3年間で
中卒だと七割、高卒だと五割、
大卒だと三割らしいです。
僕には創意工夫の力があると思ってた。8年位転々と働いていたけど。
でもバカの壁はうち壊せなかった。
高校生やら21、2の人たちに混ざって
力の限り頑張っていた。
でもミスばかりで役に経ってなかった。却って会社に損だったみたい。
一番仕事で大事なことは、
創意工夫と達成感だと思っていた。
要するにあそんでいるのと
おんなじですね。
頑張って続けていたことが、
ずっとミスだったこともあった。
は~。皆さんごめんなさい。

青は曲がっている
澄んだ心の奥底で
綺麗ね
という
景色の中心に
居座って
競って
アイツがやったとか
あれは間違っているとか
言い続けて
弱るのを待っている
どっちでもいいことになると
疎かにしている
暖かみのない


混じり気のない青く澄んだ
空の海の山の川の深い谷底の
溢れそうなマグマの
濁った
泥流を堰き止めているのも
また


堰堤で
忘れないでいる地獄に薄く青で塗って
鮎を釣っている釣り人の
長い竿の先に
瀬がある




第二詩集を九月を刊行する事になった
第一詩集は流れに乗るまま詩集を作った
今回は自分の好きな詩だけを選びました
評価がいまいちの詩も入れました
自分が気に入っている詩だけで詩集を作るのは勇気がいる
でも誰かの為ではなく自分の生きていた証を残したいので
これも入れたらとアドバイスをされたのは入れませんでした
詩って自分の為に書くことだと思っている
この第二詩集を作っている最中に沢山辛い事があった
長年勤めた職場も辞めてしまった 理不尽な対応に
我慢しなさい、機嫌がわるくなると困るんだと言われ
愕然とした
何度も話しあったけれど
通じなかった と言うより聞く耳を持って貰えなかった 退職しますと伝えた時
ほっとした顔をされ、早く退職願いを書いてね、一身上の都合ねと言われた
...

挨拶から間髪を入れずにそう声をかけられて、しばらくなんのことかわからなかった
直近の俺の行動で思いつくことと言えば失策だ
あの方は亡くなってしまったのだから
その人が言うにはつまりこうだ
早く見つけてくれたのが俺だったから感謝しているとのことだ
俺はそれを聞いても訳がわからなかった
立場が違えばこうも感じたり考えることは違うのか
いや感じることは本来そんなに違わなかったはずだ
考えは所属する組織によって変わり、考えによって感じ方も変わってしまうのかも知れない
人が人でなくなってしまうことの変遷を想う
お気づきの方もいらっしゃるだろうが、今日は句点を打っていない
なぜかってなんだかムシャクシャするからだ
夏の暑さのせいじゃない
前述の「その人」のせいでもない
正直ただよくわからない
仕事へ向かう電車の中でこれを書いている
...


詩を書く人にとって締め切りとは何だろうか。


締め切りに追われてホテルで缶詰になって大作を仕上げる、なんていう流行作家の図があるが、詩人でそんなことをさせてもらえる人は滅多にいないだろう。そもそも詩の出版社は、ホテル代金どころか、原稿料を出すところさえほとんどない。


しかし、ホテルに詰めようと、自宅の部屋で困ろうと、締め切りは無情にやってくる。そしてその中に詩の本質はある。


...

仮想というものについて考える時、僕は中島らもさんの言葉を思い出す。
「ここに見えないボールがあるとする。僕がそのボールを掴んで投げると、君はそれをキャッチしようとする。ではこのボールはあるのか?それともないのか?」
正しい抜粋ではないが、概ねこういった言葉だった。

母が死ぬところを見たかった。

訪問看護師のタムラさんは深い心をもつひとで、死の瞬間を受けとめるのがもし辛ければ、そこから目を逸らすことさえあなたは許されているのですよと私に教えてくれた。でも私が1年ちょっとのあいだ母のおむつを換えたのは、まさにその瞬間をこそ見るためだった。

夏の終わりに母は死んだ。乳がんだった。
最後のさいごのひと息を、ほっとつき終えるそのところを私は見た。

母が死んだら旅をしたいと私は思っていた。

「外国は危ないよお、気をつけなよお」細くなった声を揺らせて、そう母は心配した。あなたはその頃もうこの世にはいないのだ、だから心配することはないと私が答えると、ベッドの上の母はふと黙った。

...

五 第三回公演 何を実現したかったか

前回、宣伝広告に関する話題から、表現活動に関する様々な話に軸がずれていってしまったのですが、今回は話題を、T-theaterの第三回公演「いったきり温泉」へと戻します。

この公演で僕がやりたかったのは、「偉そうでない舞台」というものでした。

人間は、一度自分を偉そうに見せようとすると、どこまでも欲望が働いていく。肩書きを求めたり、実績を求めたり。自分の企画に誘った相手の残した成果さえ、自分のものに取り込みたいのだと言わんばかりに、「僕はこれだけ凄いんです」病にかかってしまう。自分だって、そんな醜悪な状態になってしまうかもしれない。自分も含めて、そんなアホらしいトラップに陥った人間は、厭ほど見てきた。

...

人の言葉を借りれば
お茶の子さいさい朝飯前だ。
僕は単純明快な事しか出来ない。
難しい仕事はいくらでもあるんだろうけど、清掃 警備 介護 なんか出来ない。
況してやコンビニのバイトなんか、
出来よう筈もない。
裏方ならちょっとの間は、
出来るかもしれないけど、
僕は何かを問題を起こさず
長続きする事が出来ない。
今は方々から人にお世話になっているから、今の生活を続けられるけど、
そういう事がなければ、
のたれ死ぬか、白骨死体で
発見されるのが、関の山だ。
僕には、実家や学歴など、
基盤が無い上に、原付や、
ヘルパーの初任者研修でも何でも、
難しいんです。
こんな僕が、一人前に
毎日をこなすなんて、現実的な話、
あり得ません。
よぼよぼの後期高齢者の歩幅に合わせて
散歩がてらに付き添うしか、出来ない。
、と皆さんもお気づきでしょうが、
...

自分以外の男って不必要だなと思う
そういった本能
世界各国の一番かわいい女に種付けをして
西暦五千年後に地上には俺の子孫だけが繁栄しました
みたいなの素晴らしいじゃん
創造的だし
ファンタジーだと思う
ホビットもびっくりみたいなw
ダークエルフもすごい白いみたいなwww

このような時期ですから怖い話にご興味ございませんか?

怪談

正確には怖い話というよりは不思議で仕方ないというお話です
血まみれの女も、半透明の姿も、恨めしい顔もありません

先に申し上げると 、僕には霊感ですとかスピリチュアルですとかそういったものとは無縁の人間だと自己評価しております

でも、あるんです、有りました何回か


十数年前の話です


当時の僕といえば 巷で流行っていた 合法ハーブにどっぷりはまってしまっていました

後に精神病院に強制措置入院されるに至りました

そこまでぶっ壊れる前のお話ですが…

当時、銀座の三越でマネキンや什器のレイアウトをしていました
日曜日の20時30分集合、要は営業終了後に、キレイなお姉さん方が帰ったタイミングで僕らがマネキンのディスプレイや什器を各階に置いたりする仕事をしていました

...

女であるかとか
母親としてだとか
仕事がどうだとか
どの肩書きを 背負おうとも
どれもサイズが合わなくて
お腹を空かせた 浮浪者は
ひっそりと息を潜ませて
社会のレールを覗き見る

何かを背負って勝負をするってとてもかっこいいね

だけど君、それはあまりにも宿命がすぎるんじゃないか?

ほらほら 顔を無くした顔がごろごろと横たわり
こんなにも たくさん蠢いて
ちいさな悲鳴が聞こえているよ

私には それが 耳障りで
それにお腹も空かせているから

ついつい 魔が差して
言葉を君ごと食べ尽くしてしまうんだ

寂しくて 悲しい味がするけどコリコリとした歯ごたえで
噛めば噛むほど 悲鳴は小さくなるから
それは もう 食べごたえがあった

歯が数本欠けたけれど飲み込んだ

僕は季節を描いて
季節を塗り潰していくのではなく、
はたまた何度も手を加えるのでもなく、
他人に芸術的な部分を
感じてもらえる物を書きたい。
創作ってそういうものですよね
だから僕は勘違いでもしているように、
まんまな事を書いて、
自己満足している。
こう書くと、響きは悪いけど、
実際は悪い物ではないと思う。
数々の詩人や作家が
語り尽くしてもう聞きあきたような
事と重複していたら、
僕の文は屑籠行きだと思いますけど、
僕にとっては新境地なんですけどね。
昔、施設で僕の事を、
洗いざらい話した担当の職員さんが、
僕の事を相当非凡だと言っていた。
恥を恥とも思わずに、
やりたいようにやっていたから、
むっちゃくちゃでした。
あ~それにしても退屈だな~、
まあいいや、のんびり過ごそう。

詩を書きだしたのは物心ついてからだ
幼い頃から人が死んだらどうなるのだろうと
不思議で仕方がなかった
子供部屋には本棚があり絵本がいっぱいあった
著者は生きている人、この世にいない人
でも不思議だったのは絵本の中には確実に人がいて、話しかけてくれるのだ
それは伝言のように
詩集は詩人である実家の元に毎日のように届いたのでポストに届けられたそれを父に手渡した
父はペーパーナイフや鋏ですうっと封を開けすぐ読み出す
お休みの日は私はそれを隅から隅迄読んで過ごした 父がペンで線引きをしている箇所は何度も読み返した
何故ここに線が引いてあるのだろうと
詩を読んでいるうちに
死ぬってどんななのだろう
生きてるってなんなのだろう
もしかしたら自分はこの世に存在しないのではないだろうかすら思った
...


小学生のころよく作文をよく書かされた。遠足のあとや運動会のあとには書くことがあっても、先生が風邪でお休みされた日に別の先生が変わりに教室に入って来られて「じゃあ今日は、好きなことを作文に書いてください。」そういう類の時間はどうにも苦手だった。そんな時は〈書けない、書けない、どうしたら書けるのか〉みたいに呻くような呪文のような言葉を書いた。多くの人に共通する体験とみえて、〈え?あなたも?笑〉みたいな感じで盛り上がることがある。


...

詩を書いています待子あかねと申します。詩を書き始めたと、はっきりと覚えているのは、高校3年の秋。日記の延長で、言葉を綴り始めました。毎日のように繰り返し書いていると、少し心が静かになっていったことを覚えています。ただ、その時は、それを誰に見せることもありませんでした。今も、箪笥の奥にあり、時々、恥ずかしく情けなく懐かしく、読み返しています。