過去の記事

朝起きる度 何か減っている
ケロッグだけを大量に食べる
死ぬまでが毎朝

タイの女子大生の制服をマネキンに着せる仕事でアダルトショップに行く
日本で最初にタイの女子大生の制服を輸入したのは僕だ
最近スカートだけ万引きしていく奴が多い
スカートだけ万引きして何をするのか僕は考えたことがない
ただ一人でも多くの人に
タイの女子大生の制服を買って欲しいだけだ

年寄りくさい考え方だ
実際随分歳を食った
もう色々諦めなければいけないと思うし
諦めたらダメだとも思う
晴天の光が店内の縛られた小学生の
エロ本を照らす
人が金を払っても欲しい本ばかり並ぶ

ペペさんの数多い友人の中で、取り立てて、私がぺぺさんと親しかった訳でもなく、また、特別な関係を築いたわけでもない。 ペペさんについて書いてみないかというお話を頂き、迷った末に書いてみようと思ったのは、ペペさんとの交流が私の人生の節目節目で大きなものであったことであり、私が私の人生を読解するうえでも重要であるからだ。ペペさんの追悼であるこの文章は、また一方で私の回顧録でもある。
ペペさんに何を与えられその都度何を私は考え、行動してきたのかというペペさんについての記憶を呼び起こす作業であり、それはある意味ではきつい作業だ。

(五年前のある日、散歩を始めた。次第に距離を伸ばし、長い時間をかけるようになる。そのうえ体に負荷をかけて歩くようになった。やがてまったく疲れなくなり、いつしか世界が別様に見えるようになっていた(クレイアニメのように見える)。それを私は「サンパーズ・ハイ(笑)」と自称していた。
そんなある晩。ニーチェが(その先にストア哲学が)「永劫回帰」と呼んだものを体験してしまう。私の生を現在あるようあつらえてきたものが、この先もずうっとこうあつらえていくだろうという観念(運命愛)が体を包み込んだ途端、映画『マトリックス』のワンシーン、光記号の羅列が列車のように走り抜けるシーンにも似た、あんなふうな「走馬灯」とおぼしきものが私を走り抜けていった。私はそれに打ちのめされ、ただただ慄いてしまった。

「うん」否定の意味
「うん」意味の無い返事

俺の所属するバンド、「ビューティフルシット」
俺はボーカル
よくある音楽性の違いだとかとは違い、単純に人間関係の煩わしさが激しくなり過ぎ、バンドの崩壊秒読みだった
先輩だ、後輩だ、友人だ、地元の何とかが入り乱れて誰も収拾できなくなってしまっていた

そんな時に俺をスカウトしてくれたメジャーのバンド「グリル」
グリルはテレビの地上波の夜のスポーツ番組のイントロにも使われるほどの実力派バンドで、ツインボーカルにしたいという事で声をかけてくれた
バンドの人間関係で、こんな荒んだ精神状態の時にありがたい、ツインボーカルにも興味が有り加入を決めた
葛藤は無かった
そしてビューティフルシットの連中を嘲笑った
「お前らなんかにゃ誰も興味は無ぇ!」

...

月曜日
わたしが読むより他の人が読んだ時の方が
ずっといいと思う事が本当によくあるし
それ以前にみんなの詩がすごいなーとおもってくやしくなる
いつも
最近も
でも詩を書いたり読んだりしてる
「生きているものは美しい」
なんて
うつくしい
意識する
息をゆっくり吐ききる
風景がみえる様々にトレースする
立体感
スピード
匂い
温度
湿度
質感
振動
空気 空間 レイヤーが重なっていく
めまいのように重心を失いながら
みんなどこかに向かっていて
目をいろんな意味で開いていた
あるいは閉じていたのかもしれない
あたしは
第三の目(額の中央)で注意深くあるいは
視覚的にわかりやすく
様々なスタイルあるいは時間の流れかたや意識


現代詩とは何か。この問いを巡って2年近く書いて来た。そろそろおしまいにしよう。
そう、終わりは突然やってくる。それが現代詩だ。


このことは前にも少し書いたかも知れないが、朗読会に行けば分かる。みんな生真面目に聞いている。(おれみたいに聞いていない奴もいるが)。ところが最後が分からない。終ったのかどうか、分からない。


舞台に立っている奴は、何度か終わりが分かってもらえなかった経験があるとみえて。詩を読み終えると〈ありがとう〉であるとか〈〇〇という詩でございました〉などとあいさつをする。親切なものだ。それで、あ、終わりだなと分かるシステムである。間抜けである。


...

小学生だった頃は風邪をひいてよく休んでいたなと思う。社会人になってからはほとんど風邪をひかなくなった。あの頃は、親から学校に連絡をしてもらっていて、その時の何とも言い難い緊張感と、静かに、そして確かに抱いている期待感を自覚していた。
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蛇と鳥。
月と太陽。

神話は詩だよ、とイサムは言う。

台湾の街では、通りの至るところに道教の神さまを祀る廟(びょう。やしろのこと。)を見かける。日本の寺や神社のように大きな廟ももちろんあるが、台湾の廟に特徴的なのはその場所と数だ。ふつうの雑居ビルの一階のひと部屋に、店子のように廟が入っている。まるで神さまのコンビニエンス・ストアではないか。

アパートから出た通り、スーパーの向かいに建つ雑居ビルにも小さな廟が入っていた。扉は開かれていて、誰もが自由に出入りできる。覗くと「金母」の文字があり、祭壇に祀られている像は女の神さまのようだ。道教には神さまがたくさんいるが、台湾で最も愛されているのは「媽祖(まそ)」という女神だという。この神さまも媽祖なのだろうか。

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近況報告(20230827)

イベント「ともちゃん9さいおたんじょう会2023」。僕の友人の中には詩の朗読とは無関係の方も多いので、少しだけ説明しておけば「ともちゃん9さいさん」は、僕が詩の朗読活動を通して知り合った方です。ただ、平日の夜に仕事をしている関係で、僕は実は詩の朗読の世界とは余り接点がなかった。そうした中では比較的多く顔を合わせることのあった方だった。
4年前に亡くなられている。
...

女性は愛する男に膣の奥をガンガンに暴力を振るってほしいものだ
女の子はそういう風に誰だって目をハートのマークにして奥歯をがくがく言わせたいものなのだ
これらは自分の恋人に対してアンケートを取った科学的なデータに基づいた論証である
俺が女だったとしても強い男を求めるだろう
プロレスラーみたいに強くなくても日常に降りかかりうる腕力により解決する問題は多様にある

今日は光復節ですね
戦争で亡くなった方にお祈りします

戦争は生き延びたけどずっと
後遺症でくるシンダ方にお祈りします

当時の加害のトラウマをずっと
口に出せずにいた人も
その暴力の連鎖を世代間で受けてる人にも祈ります
記録に残らない被害と向き合い続けている人に祈ります

前回の続き)


雨が降っている。

階下のどこかの部屋でテレビが点いていて、薄暗いドアの隙間からくぐもった声が低くジュクジュクと漏れ聞こえる。言葉を覚えたてのインコみたいだと私は思う。

言葉にはふたつあって、それはかたちと、かたちのない音だ。
言葉であらわされるものにもふたつあって、それは祈りと、祈りのような呪いだ。

イサムはタバコを欲しがるが私は絶対に買ってやらない。タバコが欲しいなら街で拾え、と台湾に来てから数週間、道に落ちているのを探したが見つからなかった。

...

いきなり第4コーナーから 最後の直線に入っていた
千秋楽の優勝決定戦は時間いっぱいで
ボルテージは最高潮
まるで ワールドシリーズ第7戦
「絶対に負けられない戦いです」実況は平然と告げる
敗者復活枠も リプレー検証も
物言いも VARも なかった
W杯 決勝 PK サドンデス突入
ボールをセット 目を閉じて 息を止めて
目覚めたら ほら、
時限爆弾 赤のコード 青のコード
どっちを切る?
握られたニッパー
流れる汗 しょっぱい

あれは

死闘で 命がけの戦い的な 名勝負っぽい ベストバウト
デッドヒートで ガチンコな 果たし合いの 大乱闘

勝った
チャンピオンになった...

働かざる者、食え

溶けるまえに
熱いうちに
もう生き返ったり
しないように

陰は 私と太陽との共同作品
私たちの陰を 踏むなよ

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キャンドル・ジュン 矛盾 生理不順 打者一巡 高い順 安い順

安い順
安い順
安い順

それでも欲しがらずに


デジタルタトゥー 和彫りにて

ワンオペ人生

線路に綺麗な石はない

仕事がまだ楽しいときは...♪
って言う歌があったけど、
七五三の法則っていうのが
あるんだって。仕事を離職する人の割合が3年間で
中卒だと七割、高卒だと五割、
大卒だと三割らしいです。
僕には創意工夫の力があると思ってた。8年位転々と働いていたけど。
でもバカの壁はうち壊せなかった。
高校生やら21、2の人たちに混ざって
力の限り頑張っていた。
でもミスばかりで役に経ってなかった。却って会社に損だったみたい。
一番仕事で大事なことは、
創意工夫と達成感だと思っていた。
要するにあそんでいるのと
おんなじですね。
頑張って続けていたことが、
ずっとミスだったこともあった。
は~。皆さんごめんなさい。

青は曲がっている
澄んだ心の奥底で
綺麗ね
という
景色の中心に
居座って
競って
アイツがやったとか
あれは間違っているとか
言い続けて
弱るのを待っている
どっちでもいいことになると
疎かにしている
暖かみのない


混じり気のない青く澄んだ
空の海の山の川の深い谷底の
溢れそうなマグマの
濁った
泥流を堰き止めているのも
また


堰堤で
忘れないでいる地獄に薄く青で塗って
鮎を釣っている釣り人の
長い竿の先に
瀬がある




第二詩集を九月を刊行する事になった
第一詩集は流れに乗るまま詩集を作った
今回は自分の好きな詩だけを選びました
評価がいまいちの詩も入れました
自分が気に入っている詩だけで詩集を作るのは勇気がいる
でも誰かの為ではなく自分の生きていた証を残したいので
これも入れたらとアドバイスをされたのは入れませんでした
詩って自分の為に書くことだと思っている
この第二詩集を作っている最中に沢山辛い事があった
長年勤めた職場も辞めてしまった 理不尽な対応に
我慢しなさい、機嫌がわるくなると困るんだと言われ
愕然とした
何度も話しあったけれど
通じなかった と言うより聞く耳を持って貰えなかった 退職しますと伝えた時
ほっとした顔をされ、早く退職願いを書いてね、一身上の都合ねと言われた
...

挨拶から間髪を入れずにそう声をかけられて、しばらくなんのことかわからなかった
直近の俺の行動で思いつくことと言えば失策だ
あの方は亡くなってしまったのだから
その人が言うにはつまりこうだ
早く見つけてくれたのが俺だったから感謝しているとのことだ
俺はそれを聞いても訳がわからなかった
立場が違えばこうも感じたり考えることは違うのか
いや感じることは本来そんなに違わなかったはずだ
考えは所属する組織によって変わり、考えによって感じ方も変わってしまうのかも知れない
人が人でなくなってしまうことの変遷を想う
お気づきの方もいらっしゃるだろうが、今日は句点を打っていない
なぜかってなんだかムシャクシャするからだ
夏の暑さのせいじゃない
前述の「その人」のせいでもない
正直ただよくわからない
仕事へ向かう電車の中でこれを書いている
...


詩を書く人にとって締め切りとは何だろうか。


締め切りに追われてホテルで缶詰になって大作を仕上げる、なんていう流行作家の図があるが、詩人でそんなことをさせてもらえる人は滅多にいないだろう。そもそも詩の出版社は、ホテル代金どころか、原稿料を出すところさえほとんどない。


しかし、ホテルに詰めようと、自宅の部屋で困ろうと、締め切りは無情にやってくる。そしてその中に詩の本質はある。


...