過去の記事


僕はまったく雨嫌い。だから、雨が好きな人がいるということがてんで分からない雨が好き!って言ってる人を見ると蛙みたいに思います。人の気持ちが分からない、コミュニケーション不全なのかな?


現代詩とは何か。数えてないが、この連載でそう問い続けてもう20回近くになるだろう。ちょうど20回目かもしれない。最近はゆるゆると問の周りをまわるようなことをしているから、たまにはストレートに攻めてみる。

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現代詩は、コミュニケーションと無関係。雨のことを好きだという人がいるなんてこと分からなくてもいいのである。雨が大好きな人は、雨嫌いは人の心を想像する必要がない。自分の世界を築くんだ。遠慮してはいけない。遠慮すると中途半端に陥って何の得もない。


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数か月前に鳥取県在住の手皮(てび)さんという方からメールが来た

傘寿の老人であると前書きがある
鳥取の書店「汽水空港」のブログより、寺西さん、「抒情詩の惑星」へと辿り着いてくださり
寺西幹仁さんの「とりこ」が掲載されていてびっくりしたと、
読んでほしいものがあるので住所を教えてほしいと書いてあった

赤信号を見つける
それに向かってアクセルを踏み込む
人間の肉を轢く感触とともに交差点を走り抜ける
見開いていた目を閉じると、瞼の裏に太陽が見える
太陽の黒点の中で、膝を丸めた子供がiphone を握っている
その子供は、「とても暗いところで待っているよ」とツイートしている

A Iアイドルと呼ばれる方々が活躍を始めている昨今。一昨日5月29日には、週刊プレイボーイからA Iアイドル、"さつきあい"さんの写真集が発売された。この手のアイドルは女性だけに留まらず、男性アイドルも登場しているというから、時はすでに新時代に突入しているのかもしれない。もうすでにいるかもしれないが、彼、彼女らの中にはもろ肌を見せる方も出てくるだろうし、サブスクライブで彼らとラインや電話ができる日もくるだろう。たとえば朝には、「おはよう! 今日は夕方から雨みたいだから、忘れずに傘を持っていってね。それと、線路内への人立ち入りの影響で、東西線に10分から15分の遅れが発生してるみたい。線路への立ち入りなんて、もしかして痴漢が見つかっちゃったのかな…?...

けんごさん、こんにちは。秋月祐一です。

ぼくにも自他ともに認める代表作のようなものがあります。
たとえば、

地下街で迷子になつたカピバラにフルーツ牛乳おごつてやらう

「生涯にいちどだけ全速力でまはる日がある」観覧車(談)

この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく

市場まで粒マスタードを買ひにゆく、はずが途中で飲んぢやつてるの

といった歌ですが、
これらを詠むときに、長時間をかけて、苦労して詠んだかというと、全然そんなことはなくて、どれも五分か十分くらいで、すらすらっと書いたような気がするんですよ。

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前回提出した歌にご指摘ご推敲ありがとうございました!

連作の時の歌達を「みごと!」とか、
言われちゃってはずかしーっすね。

でも自分でわかっているんです!
僕の短歌はまだまだです!
僕の歌はひとつの時間、ひとつの場所を
現していますが
僕がもっとも詠んでみたい
一瞬の気持ち、

思わぬサプライズに
えっ!
うわっ!
やった!
とか、
料理してて包丁落とした時に感じる、寿命縮む感じとか

プラスでもマイナスでもどちらでも良いのですがそんな感じの
頭で考える前に脳みそがふるえるような

さまざまな理屈が無い瞬間
そんな、さっきまでの気持ちが吹っ飛んでまったく違う気持ちに変わるような

「一首の短歌を読んだだけでちょっとだけ世界が変わって見える」

大阿久佳乃『じたばたするもの』(サウダージブックス、2023年)はアメリカ文学を中心としたエッセイ集だ。小説ばかりか現代詩が取り上げられていることが珍しい。詩の読みを散文で書く人は少ないから、貴重な仕事である。セアドー・レトキー、W.C.ウィリアムズ、フランク・オハラ、エリザベス・ビショップ、ガードルード・スタイン、金関寿夫『アメリカ・インディアンの詩』、アドリエンヌ・リッチが取り上げられ、肩肘張らず、淡々と読んで考える姿勢に好感が持てる。
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その屋根には五メートルを越すアンテナが取り付けられていて
既にほうぼうが崩れている建物と濃淡を示すように丁寧に取り付けられた部品が
屹立するのを支えていた
自立した通信手段を持ち
数百キロ先に居る相手と言葉を交わす
伝えたいという想い 聴きたいという想い

大昔ろくに働きもせず、
お金がなくなったから、
夜な夜なお変人のように
暗い夜道をあるいていた。
どこか誰からも知られないところへ
逃げたくなったからだ。
独り暮らしの障害になるような、
あいつらがいたからだ。
何もかもが嫌で仕方なかった。
知らない夜道をあるいていた。
どうしたもんか、退屈だし、
近所の嫌いな知り合いが訪ねてくるし、
大量服薬をしては、鏡に映った顔が、
目尻がつり上がっちゃって、
人間って希死念慮があると、
こうも顔つきに出るのか、と思った。
鬱が酷くて。
夜中は近所のラーメン屋へ、
お金もないのに食べに行って
浪費していた。
目が覚めたら病院のベッドで寝ていた。
起きて、看護師さんに訊いたら、
ラーメン屋の前で倒れていたんだって。
そんなにラーメンが食べたかったのか

もう始まってしまうのかと
エアコンの掃除をする
もう終わってしまうのかと
服の整理をする

宿題は無いから
自分で作ることもあるし
昼間の外出はつらいから
空の青さをあまり知らない

誰かの撮影した夏で満たされて
よく冷えたビールを飲む
刷り込まれた記憶に気づかずに
満喫をしている

言い訳に詩を書いてます
よく詩を書くことによって感動させられたらと耳にするけれど私にはそんな気持ちはこれっぽっちもないです。
私は私だけに拘っているからかも、いつか言葉に殺されるかもしれないぞと恐れながら
詩を書いています。
私はただ書きたくて仕方ありません。書いている時だけが心が揺り動かされます。
詩は辻褄合わせや言い訳に似ています。
生きていると辛い事や悲しい虚しい事が沢山です。
思い通りにならなかったり世間から取り残されたりそんな気持ちにうんざりしたり。
私の人生は常に負けっぱなしです。
なので詩を書いています。
まず私は新潟の五泉市という田舎町に住んでいます。最寄駅は無人駅です。通勤通学時間以外は本数は僅かです。1時間に1本あればいいくらいです。ホームの前は田園風景で
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二〇二三年一月、世界の空気を破るように橘上と山田亮太と劇作家の松村翔子による四冊セットが「いぬのせなか座叢書5」として登場してきた。内訳は、橘の二〇一八年の即興朗読ライブを橘自身が文字化した一冊、山田による反応連動詩一冊、松村による反応戯曲一冊、橘の連動詩一冊である。テキストの準備なしで発音したライブを、橘は記録から文字に落とし込み、山田と松村はその体験を内在化して作品をまとめ、橘自身も別詩を書いた。飛び跳ねる声と言葉を受け止め、時間空間身体の制約を越えて、山田と松村と橘は断続的に続行する心的ライブを取り出しながら作品を作った。感覚の時間はリニアではないので逆戻りも追体験も可能だ。共通するフレーズや連想など冊子同士のコレスポンダンスもあるが、それぞれが独立した四冊である。拙稿では山田と...

気持ちを言葉で言ってくれなきゃわからない
きもちをことばでいってくれなきゃわからない
きもち ことば いって
きもち ことば いって
きもちを言葉で言ってくれなきゃわからない
きいもちいうをことばあでえいってくれなきゃあ

なに言ってんのかわからない

なにも言わなくてもわかれよ

わかるでしょ
わかれ

分かれ

気持ちを言葉で言ってくれなきゃわからない

つまんねぇセリフ、吐きやがって。
音楽でも聴いてろよ、本返せ。
扇風機じゃぬるいだろ。
火の鳥みたいな生命
感じとけ。
エロかったら、あといっかいくらいやるから。
アイス買ってきてくれる
いいねぇ、やるじゃん。

そうとこ、そういうとこだよ。レシート捨てといてな。






連休前に同僚が「この連休は、じっくり家で論文を書くんだ!」と意気込んでた。やる気オーラが身体から放たれている。むんむん煙が出てる感じだ。どうしても書かなければならない本があって、その中の何章かだけでもじわじわ書き進めておきたいのだという。「偶然!全く同じだね!」と心の中で握手した。10日間をパーフェクトに使えればかなりのものを書くことができる。


ところが好事魔多し!実家のご両親の容態が思わしくなくて、連休中は遠方の実家でまるまる過ごすことになってしまったそうだ。そんなメールが連休初日にやって来た。「うーん、それは大変ですね。。。」と励ましのメールを打った。ところが自分もその直後、どこかそれに似た状況になってびっくり。「偶然!全く同じだね!」とまたまた心の中で握手した。


...

中学生位から、僕はボケていた。
テレビドラマに見入り、
明るい曲を聞き、
将来、なんて語彙もなかった頃にもう、
漫画家かシンガーソングライターに
なりたいと思っていた。
夢と妄想の分別もつかない、
だらしない人だった。
高校にはいってからも、
夢だか妄想は、暫く続いた。
現実は厳しいのに、気がつかなかった。
20代の頃は、40歳位には、
吟遊詩人のようになりたい、或いは
パソコンと音楽ソフトで、
自作の歌のアレンジがしたい、
と思っていた。
僕は嘘つきです
楽しい事を考えて生きて、
そしてそれがいつまでも続くことを
願っていたのに、型にバコっと嵌まった
誰かのセリフに影響されていたんだ
好きな歌ランキング
1 犯罪
2 ビールの王冠
3 ニコチャン星人の歌
4 パックマン
5 玉入れ 運動会

色鉛筆はじめて使ったその時に世界が全部描けると思った

【改作案】
色鉛筆のはじめて使う色たちよこれで世界が全部描けると

この改作案をお読みになられての、けんごさんのご感想を
要約させていただくと、

原作では「色鉛筆」と、それを使って感動している「私」の
2つの登場人物がいるけれども、
改作案では、色鉛筆と言う「物」を主人公にする事で、
「色鉛筆のはじめて使う色たちよ」と色鉛筆に語りかける人の
「うわっ!やった!」という気持ちに読む人の目がいく。

という部分を興味深く拝読しました。

短歌は31音の短い詩型なので、
感動の一点突破に向いているんですよ。
(もちろん、そうではない短歌もありますが)

「色鉛筆のはじめて使う色たちよ」と色鉛筆に前面に出し、
そう思っている人物は、歌の背後に存在させる。
...

雑司ヶ谷のアパートが取り壊されることになり
二十歳そこらで自分は池袋の路上に住まうことになった
いまタクシーが溜まってるとこさ、中央に花壇なんかが備え付けられたロータリーがあって
その花壇を取り囲むよふに石のベンチがあってそこで寝泊まりしてた
俺だけ特別に若かったので大概かわいがられた
西口と東口の路上生活者によるマクドのゴミを巡る抗争
その和解
俺は夜になるとそこで歌ってた
バブルがはじけた後だがそれでもあの頃、毎日斜向かいの銀行に小銭を貯金しにいってた
PUNKSの女友達が訪ねてくる
「ミキくんちょっと臭うよ」
その子暫くして、高円寺でライブの後にレイプされたと言ってたその子の友だちが

AI太郎は東京で生まれた
タクシー運転手として街をまわっている 無
事故無違反 免許証はゴールド
しかし、ある日 踏切で立ち往生
あ、電池切れだ!
オレンジ電車はぐんぐん大きくなって近づいて来る
屋根の上にいた吾輩はぴょんとすぐに逃げ出した
AI太郎はバラバラになった
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

部品は回収されて工場に運ばれた
そこで新たに組み立てられてAI花子になった
(とても美人で着物が似合う吾輩好みの黒髪である)

吾輩はAI太郎のことを忘れてAI花子と暮らし始めた
(これから吾輩は親愛の情を込めてハナちゃんと呼ぶことにする)