過去の記事

大連で大学生のお友達ができました。
女の子です。
ある日大学の構内で私が他の留学生とおしゃべりをして別れたあと後ろから話しかけてきました。
彼女は英語の勉強をしているらしくて、英語を上達させたいから仲良くなろうという提案でした。
私は中国語を上達させたいので仲良くなりました。
といっても私の中国語は上達させたいどころのレベルにすらないのですが。

その日のごはんは
しらすと、韓国海苔と、あぶらげを半分に切って中にねぎとかつおぶしを入れてちょっとしょうゆをたらしたのをトースターで軽くあぶったのがおかず
冷蔵庫にあったもので手早くつくったら
子どもは喜んであぶらげのは六つも食べた

「位置」吉田一縷

2022年01月14日

Twitterのプロフィールに名前、自己紹介、Web、生年月日と並んで「位置」というのがある。
位置。考えてみた。

私の体の中にあるのは間違いないと思うのだけれど、それが脳なのか心臓なのか、それとも爪の下なのか定かではない。どこにいるのだろう、私は。もしかして、Googleマップみたいにそこに見えている気になっているだけで、私になっている気になっているだけで、私に遠隔操作をされているのかもしれない。それならばどこでしょうか。この惑星、もしくはこの次元とは違う位置にいるのでしょうか。まさか、孫九郎と名付けたうちのネオンテトラに操られているということはないでしょうね。
位置情報サービスを使うと、東京都にいるようだ。位置情報サービスとは一体なにの位置を位置と考えているのだろうか。

本命のAちゃんからのLINEの返信は途絶え
対抗のIちゃんは月曜が休みであるということで
俺とつるぴか丸先輩は間抜けな昼下りを、その中華料理屋のカウンターで過ごしていた
一通り夕方まで三時間飲んだあと
俺は新宿を何周かした

福島について、悪口ばかり書いているが、当然、故郷には愛憎半ばするものがある。よく言われることだが、近代から
いままで福島は三度負けている。戊辰戦争、第二次大戦、そして最近の福島第一原発事故だ。三度の敗戦を経験した福島にはなにが足りないか?
哲学と文学ではないか?
質としてではなく、まず量的に。哲学と文学が足りない。
哲学と文学の不足。事態を根本的に考える人々が不足している。
この不毛な閉塞を打開するためのアリバイではなく、ほんのわずかだが寄与として同人誌を立ち上げた。私の不甲斐なさと力不足を痛感する日々、同人の皆様も同じ思いだろう。
少しずつ、進歩したい。福島人の良いところである実直・愚直な精神で頑張りたい。



アレクセイ渡辺

実際の詩には勿論、一つの作品に様々複数の要素が含まれる。馬野ミキの詩は基本的に隠喩性を基調としたものか、語り物、叙事性を基調としたものに音律性、構造物性、描写美など様々な要素が散りばめられている、という様式のものが多い。そして『ポイントカードはいらない』は隠喩性を基調とした作品であり、その基調とは「狂気」と「狂気」の構造についての隠喩である。

東京荒野という雑誌を作り始めて7年。自分の作品を載せる場がなかった僕はその場を自ら作ろうと、季刊誌東京荒野を発行した。それ以前には10年ほどの音楽活動も行っていたが、当時は共演者と喋ってはならない、喋って心が通じてしまったら、歌がよくなくても友達になってしまう、と本気で思っており、まるで喉を潰すためかのように歌い、結果10年間でできた友達は片手で数え切れるほどという、つまりはさえない歌を歌っていた。その音楽活動を休止して今、僕は年4回東京荒野を発行している。

人間、譲れない物もあるけれど
お互い、譲り合う気持ちも大事

それは2011年初めだったか mixiボイス
twitterのような機能の書き込みで見つけた
バリバラの前身番組「きらっといきる」
どうやらNHKの番組らしい 日本放送協会
Education television

みきくんこんばんは 八

前回まではイギリスにいたことをいろいろ書きました。学校では休暇が多かったしいろいろ出かけることもあり、今思えば楽しい毎日だったのかもしれません。

さて日本に帰ったのは夏でした。
八月に一か月かけて姫路城を作ったりほとんど家から出ない生活をしました。
とても疲れていたのでしょう。
それから近所で派遣の仕事をしながらも靴関連の国際展示会へ何度か行きました。
香港や上海開催の物が多くて、ブースの工場は広東省が多かったです。
そしてそれまで全く予定していなかった中国語の学習を始めようと思うようになりました。
最初は広島市内のECCとか行ってイーアルサンスーなんて数を習ったりしました。
それからカルチャーセンターにも行ってみました。
...

酔っ払った父が
母に暴力を振るっていたことについて
四十五年後に
泣く

当時ぼくは、
感情を乱さなかった
自分の感情をどこかに冷凍保存して、平静さを装っていた
何も起こっていないような顔をしていた
自分が感情を取り乱すことによって
状況が悪化すると判断したのだ
二人がぼくの目のまえでセックスをしていた時も
ぼくは笑顔でいた
ぼくは
無視されているのに

父と母の意見が揃うのは
ミキは賢いということについてで
自分は大人びていた
大人たちの意向を素早くくみ取った
小学校にあがる前に日本地図を暗記し、書けた
そういう時、父も母も笑顔で
せかいが統合された
風邪をひいて
ぼくが熱でいる時
父は
ミキは甘えているだけだと言って
母は
父の暴力を恐れて、ふたりはテレビの映画を観ていた

「抒情詩の惑星」を訪れてもらっている皆さん、こんにちは。
編集長というか、まあ勝手に作って勝手に就任しているのですが、編集長の馬野ミキです。
立ち上げから四か月、多くの方にお世話になり協力を得て、なんとか続けさせてもらいました ありがとうございます。
四か月ほぼ作品、原稿を羅列してかたちになっているのですが、この年の瀬を機会に一度、振り返りをしてみようかと。
で、自分1人で書き連ねるのもあれなんでお二方、座談会のようなかたちになればと混ざってもらいました。
荒木田慧さんと、古溝真一郎君です。

無人は詩人の白井明大さんに背中を押された数人が人を募って集まった詩や文芸、芸術の同人だ。不思議と、しばらく詩を書いていなかったり、書けなかったり、自らの詩学に行き詰まった人々が多かった。私もその一人で、リハビリとしての詩は書けても、自分の納得いくものは書けていなかった。二つ返事で参加を表明した。

同人を組むぞーとなってから、はて、名前はどうしようとなりウンウン唸っていたら、そのときにFBのグループ名が無人島、であったことと、東日本大震災のことをだぶらせて、「無人はどうだろう」と提案してみた。紆余曲折あり、無人に決定したとき、人がいるのに無人というのは矛盾だけど、その矛盾を引き受けることこそ、震災後の詩を書くことに繋がるだろうと、私は思った。

...

広い野原に木が一本生えている。
その木の下には綺麗な石が置いてある。
そこに辿り着いた人は
木に向かいそして石を拾うだろう。
それが運命。
報酬を与えるから木の下の綺麗な石を
拾ってきてくれと言われれば
多くの人は真っ直ぐ木に歩いて行って
綺麗な石を拾うだろう。
それが運命。
生まれたばかりの素直さは
その運命を止める事は中々できないだろう。
自分のやりたい事をやるというのは
運命に従う事だ。
運命とは他でもない自分で決めるもので
自分で決めてきた事だ。
忘れられるものではない。
忘れるようなら君の心には刻まれていない。
他人の運命に命をくれてやる事はない。
運命はそんなに複雑で壮大なものではない。
ただ今の一歩一歩なんだ。